第42話 勇敢な、俺の女の子

飯塚いいづかの言葉に、椿つばきはむしょうに恥ずかしくなった。恥ずかしいのをごまかすつもりで、笑って鼻をこすった。


「さっきもう、口にキスしたよ」

「それとこれとは、べつ。俺は今、勇敢な、俺の女の子の手にキスしたいんだよ」


飯塚は椿の両手を両手でくるんで、自分の口元に運んだ。


「君のお姉さんを守った手だ」


そっと、飯塚のくちが椿の手にふれた。温かい唇。


「なあ、椿」

「なに?」

「この手は、これから俺を守ってくれるかな」


ふふっと椿は笑った。


「こういう時は、男の人が”俺が守る”って言うんじゃないの?」

「俺たちの場合は、君のほうが強そうだ」

「なんだかなあ…まあ、いいけどね」


椿は照れくさそうに笑った。

飯塚はもう一度椿の手にキスをしてそれから立ち上がった。


「君の話を聞いたから、俺の話も聞いてくれる?」


そう言うと、いきなり小さなアパートのリビングで着ているニットをめくり、シャツをデニムから引っ張り出し始めた。

椿は、もう赤くなっている自分の顔が、もっと赤くなるのを感じる。


「…ちょっっ、何するんですか、飯塚さん!」

「見てもらった方が、早いからさ」

「見るって何を。え、待って待って―――…えっ」


フローリングの床に座っている椿の目の前に、飯塚の腰が現れた。

飯塚は、三十すぎにしては身体の線が崩れておらず、ほっそりした腰つきを持っている。

その下腹部に、くっきりと残る傷跡。


「え。これ、盲腸の手術じゃないですよね」


椿が尋ねると、飯塚は大声で笑った。


「違う。盲腸は右側。これは左側」

「あーーー」

「刺されたんだ」


俺のほうはね、と飯塚慎二いいづかしんじは淡々と言った。


「俺のほうは、義理のおふくろに刺されたの。初めての、セックスの後で」

「…え?」

「俺の親父、浮気者でさ。俺のおふくろとはとっくに離婚していて、その後三番目に結婚したのが、けっこういい人だったんだ。俺もなついていた」


君のところとまるで反対だな、と飯塚は言った。


「ところがさ、うちのくそオヤジはその人がいても浮気がとまらないわけ。あれは一種のビョーキだったね。そのうちに、義理の母親が精神的に不安定になってきた。で、ある日、彼女は俺を襲った」

「…包丁で?」


椿がおそるおそる尋ねると、飯塚はテキパキとシャツをデニムにたくし込みながら答えた。


「ちがう。カラダで」

「え」

「俺、義理のおふくろにレイプされたの。十一歳のときに」

「でも、飯塚さんは男の子で」

「レイプってさ、女の人でもできるんだよ。同意のないセックスは、どれもレイプなんだ。とくに子供にとっては男も女も関係ないよ。いきなり口でされてさ、アッと思ったときには、もう彼女の中に、

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