第38話 君のことは何もかも知りたい

えっ、と飯塚いいづかが驚いた声を出した。


「お父さんを、刺した?」

「そう」


椿つばきの声は、いたって平静だった。

誰にも言ったことがない秘密を明かすには、あまりにもあっけなく、ふつうすぎる声だ。

椿は続けた。


「あの、どこから話そうかな。あたしとお姉ちゃん、似ていないでしょう?」

「ああ、そうだね」


飯塚は静かに答えた。

その間も飯塚はずっと椿の手を握りしめ、決して放そうとしない。その大きな手から、飯塚の体温とともに確かな強さが椿の身体に流れ込んできた。

言ってしまえ、と椿は思う。

何もかも、話してしまえ。ここで、終わりにするのだ。


椿を追いかけ追い回す、鉄さびの匂いのする影を、このきれいに整った飯塚の部屋の明かりの下に引きずり出すのだ。

それで。

おわりにしよう。

すうっと、舘林椿は息を吸って話し始めた。



★★★

「お姉ちゃんとあたし、お父さんが違うの。お母さんはお姉ちゃんを連れてあたしのお父さんと再婚して、その後にあたしが生まれたの。だからお姉ちゃんとは異父姉妹になるのね。あたしたち、年は八歳も違う」


飯塚は何も言わずに、椿の手を握り締めていた手の片方をはなして、そっと椿の頬にふれた。


「うん。続けて」

「あたし、うちはずっと普通の家族だと思っていた。ほんとうに仲のいい家族だったのよ。途中で、お父さんが自分の会社をダメにするまでは」


椿は目を閉じて、飯塚のくれる温かみにすがるように話し続けた。


「お父さんがやっていた小さな会社が倒産して、うちにお金が無くなって、お母さんの収入だけになって。だんだん、お父さんがおかしくなってきた。朝からお酒しか飲まなくて、仕事も探さなくて、あたしやお母さんを殴るようになった。

それからお母さんが病気で死んでしまって、うちには食べるものさえ無くなってきて。あたしの世話は、高校生だったお姉ちゃんがやってくれたけど」


さっきから、飯塚は椿にふれ続けている。

片手は椿の硬く結ばれたこぶしに乗せたまま、空いた手で、椿の顔や耳や髪にふれ続けている。

飯塚の手が触れるたびに、椿の声に力が戻ってきた。

少しずつ、ほんの少しずつ。

椿は続ける。


「ある日、学校がインフルエンザで学級閉鎖になって、午後早くに帰ることになったの。それで家に帰ってみたら。お父さんが―――」


椿、とここで初めて飯塚が口を挟んだ。


「なあ、分かっているか?俺のボスなら、ここで君にイヤなことを一言だっていわせない。だけど俺は、君のことは何もかも知りたいんだ」


舘林椿は目を開き、すぐそばにいる男の目をのぞきこんだ。

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