第25話 まってろ、椿

最凶に不機嫌な顔つきの深沢洋輔ふかざわようすけは、深夜のSMバーで電話をかけ始めた。

すぐに相手が出る。深夜一時半だというのに、電話をかけている深沢も、受ける方も平気らしい。

深沢はいつもなら色気たっぷりのバリトンを、無造作にあらげて電話口でしゃべり始めた。電話の相手は、旧知の男のようだ。


「クラさん、洋輔だ。なあ、そのへんに”くわの”っつぅ、チンピラがいねえか」


深沢の前に立っている飯塚慎二いいづかしんじは、ちらりと上司の筋肉質な身体を見た。普段から危険な匂いのする深沢の身体が、怒りのあまり一段と危なく見えた。

肉厚なやいばを隠すつもりもない武器のようだ。向かい合っている相手を、はがねの重量でたたき切るタイプの太刀たちのよう。

機嫌の悪いまま深沢は電話口で相手に噛みつくように言った。


「ふん、年は二十五くらいだ。ああ…だな。ヤサはどこだ」


深沢の電話の向うで、相手が大きな声で笑い始めたのが飯塚にも聞こえた。しかし深沢は仏頂面ぶっちょうづらのままだ。


「くそ、この程度のことで、そこまでしてやるかよ。ああ?親父の具合なんざ、どうだっていいんだよ。こっちはこのあいだ、わざわざハラボテのカミさんといっしょに見舞いに行ってやったんだ。十分だろ」


しかし相手がまだ何か話しているので、深沢は面倒になったようだ。投げ出すように


「わかった。もう一度、真乃まのをそっちにやる。ふざけんな、今回は俺はつかねえよ、カミさんだけだ」


それで交渉が成立したようだ。

深沢はぶつりと電話を切り、スマホをにらみつけた。


「ちくしょう、足元を見やがって」


ぶつぶつというと、再度スマホで電話をかけ始めた。


「―――俺だ。十五分でそっちに行く。頼むぜ」


こちらの電話は、この一言だけで終わった。そして深沢はするりと立ち上がった。

巨大なネコ科のケダモノが、たわめ切ったばねを勢いよくはずませる。


「よっしゃ、行ってくる」

「行くって、どこに?」


飯塚もあわてて立ち上がり、大きなストライドで歩き始めた深沢に追いすがった。深沢は振り返りもせずに


椿つばきを、取り返しに行くんだよ。決まってんだろ、バカ」

「俺も行っていいですか、ボス」


飯塚はすばやく深沢の前に回り、立ちはだかるようにして叫んだ。


「椿は俺の女です。取り返すのは、俺だ」


深沢洋輔はじろりと部下を見おろした。


「当たり前だ。てめえの女ぁ目の前でさらわれて、指くわえて黙っているバカは、おれのバーにゃらねえんだ」


そのまま深沢がドアをあけると、霜月の冷たい夜風が、飯塚慎二に斬りつけてきた。

飯塚は目をつぶりそうになったが、必死になって、風に向かって目をこじあける。


まってろ、椿。

今助けてやる。

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