第24話 機嫌の悪いボス
★★★★
しかし、これほど機嫌の悪いボスを見たことがない。
飯塚の電話から二十分後、SMバー”ダブルフェイス”にやってきた深沢は、むっつりと何も言わずに百八十八センチの筋肉質の身体をどさりとカウンターのスツールに落とした。
そのまま、バカに長い脚を伸ばしたまま、くるぶしのあたりで組む。
深夜一時半。SMバー”ダブルフェイス”の中には客は一人もいない。
飯塚と中年バーテンのカグ、店の看板女王様で、
三人とも、深沢の長いリーチが届かない場所に無意識のうちに立っていた。
とくに、男に。
腕を組み、黙ったままだった深沢は、じろりと部下である飯塚をねめつけた。
「話せ、シンジ」
機嫌の悪いとき特有の、ぶった切ったような言葉づかいで深沢は飯塚に言った。飯塚はすぐに意味を悟り
「一時ごろ、椿ちゃんが店の裏にいったんです。ゴミ捨てのためでした。そこで、男に襲われて―――」
「どんな奴だ」
飯塚は、一瞬だけ考えた。目の前から椿をさらって行った男の外見を簡潔に描き出す。
「身長は、百七十センチもないでしょう。小柄ですが、よく筋肉がついている身体です。年令は二十代半ば、ドラゴン柄のスタジャンを着ていて―――そうだ、椿ちゃんが名前を呼んでいました」
「それを先に言え」
ドカッと深沢のケリが飯塚の腰にめり込んだ。飯塚はふらつきそうになりながら、カウンターにしがみつく。
そうだ、椿はあの男の名を呼んでいた。
いったい、何だったか。
「くわた…?いや、くわばら?…ちがうな」
「くわの、じゃないの」
飯塚が言いまどっていると、横からなつきが言葉をはさんだ。
まだ女王様のレザー衣装に身を包み、ロングブーツをはいたままのなつきは、蒼白な顔のまま、濃厚な色気を発散していた。
その女の姿を、深沢はじろりと見た。
「知ってんのか、なつき」
「うん…お客さんの一人でね。いや、”お客さんだった”っていうのが正しいわ。先月、酔っぱらって暴れて店のなかをめちゃくちゃにしやがったから、出禁にしたのよね」
「てめえの客か。
深沢に尋ねられ、なつきはきれいな眉をひそめて考えた。
「こんな店だもん、素性なんか分かんないわ。でも、ちょっと待って、たしか新宿あたりでよく遊んでいるって言ってた。”あのへんじゃカオなんだ”って、自慢そうに話してたのよ」
「ジュクで、”くわの”か」
それだけを言うと、深沢洋輔はキャメル色のレザージャケットからスマホを取り出して電話をかけ始めた。
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