第23話 てめえの頭のてっぺんからあそこまで

飯塚いいづかが倒れたすきに、男は椿つばきの手をつかんだまま、路地を大通りに向けて飛び出していった。ご丁寧ていねいに、よろめいた飯塚の背中にキドニーパンチをクリーンヒットさせた後だ。

あまりに衝撃に、飯塚は目の前が真っ白になる。

だが痛みよりも、椿が心配だ。


飯塚は必死に目を開けた。

走り去ってゆく若い男と椿の後ろ姿が見えたが、その姿はすぐに近づいてきた車で見えなくなってしまう。

男は、椿を荷物みたいに車の後部座席に放り込むと、続いて自分も乗り込む。

するすると車の窓が開き、スタジャンの男が飯塚に向かって最後の台詞ぜりふを放った。


「なつきに言っとけ!妹を助けたきゃ、次は俺の予約を黙って受けろってな!」


後部座席の黒くスモークを貼った窓ガラスはあっという間に閉まり、車はあっさりと走り出す。

飯塚慎二いいづかしんじは路地裏で痛みのあまり動くこともできず、ただうめいた。


「くそ」


痛みに目を閉じながらも、飯塚は着ているボンバージャケットのポケットから、かろうじてスマホを取り出した。

画面がよく見えないのは街灯が暗いからなのか、飯塚の眼が痛みのせいで、かすみ始めているからなのか、よくわからない。

時間をかけて、飯塚はようやくスマホから一つの名前を選び出してコールした。

六回目のコールの後、不機嫌な深沢洋輔ふかざわようすけの声が聞こえた。


「シンジか。今ちょうど、女ぁ脱がしたとこなんだ、切るぞ」

「ボス…つばきを、さらわれた」

「―――どういうこった、シンジ」


ぞくっと、飯塚の身体に恐怖が走った。

深沢洋輔が最後にいった“シンジ”という音ほど、不気味で暴力的な音を、飯塚は聞いたことがない。


「すいません…俺が、役立たずで」


飯塚が痛みの下でかろうじてそう言うと、電話の向うから露骨な舌打ちが聞こえた。


「てめえ、今どこにいる」

「ダブルフェイスです。裏口で、椿が」


飯塚がそこまで言い終わらないうちに、深沢洋輔はブツっと通話を切ってしまった。

最後に深沢が飯塚に出した指示は、たったひとつ。


「ダブルフェイスで待ってろ。てめえの頭のてっぺんからあそこまで、五ミリきざみで細切こまぎれにしてやる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る