第22話 「やだやだ、離してっ」

高い音の悲鳴は、以前、椿つばき飯塚いいづかに腕をつかまれて叫んだ時と同じ、痛切な悲鳴だ。その音が、飯塚をあせらせて、足をもつれさせた。


早く行かなくちゃ。

椿のところへ。


半分はころがりつつ、飯塚慎二が“ダブルフェイス”の裏口へ回ると、街灯もろくに届かない路地裏で、椿が男ともみ合っているのが見えた。

椿が、叫んでいる。


「やだやだ、離してっ」

「ねえ、椿ちゃん、たのむよ。ちょっとでいいんだ、なつき様に会わせてくれ」

「さわらないで!いやっ」

「これも、なつき様の放置プレイのひとつかなあ。それにしてももう三週間も店に入れてくれないじゃないか」


飯塚の見たところ、椿の腕をガッチリとつかんでいる男は、椿と同じくらいの年に見えた。

せいぜい二十代の半ば。背はそれほど高くないが、がっちりした体型で、今は飯塚に背を向けている。

飯塚の視界の中で、厚みのある肩にひっかけているスタジャンのドラゴンが、男が動くたびに上下左右に揺れていた。


そして飯塚のほうを向いている椿の顔は蒼白で、瞳孔が開ききり、この寒いのにあせをかいているようだった。

それでも、椿は男に向かってわめきたてた。


「くわなさんは、もう店に入れませんよ。このあいだ、お店を半分つぶすようなことをしたから」

「あれはさあ、ちょっとイライラしてて…なつき様は相手にしてくれないし」

「ご予約のお客さまが優先ですっ」


ぜいぜいと息を切らしながら、椿はまだ激しく男にさからっている。

椿とスタジャンの男がもみ合っている場面を見て、かっと、飯塚の中で何かが切れた。

そして煮えたぎりそうな頭の中で、やけに冷静に男との距離をはかり、飯塚慎二は一気に男の背中に飛びついた。


「ぐあ!」


男が、首筋を飯塚に締め上げられてうめき声を上げた。しかし男の右手はまだ、椿の手首を握りしめている。

飯塚の目の前が怒りで真っ赤になった。


「くそ、離せ」


飯塚があいている手で男の手を椿からもぎ離そうとしたとき、どんっと鋭い痛みが下腹部を襲った。

男が予想以上にすばやく身体を返して、重いパンチを繰り出したからだ。

衝撃に、思わず飯塚がよろめいた。

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