第20話 「うちは健全なSMバーなんで。恋はいらないでしょう」
「あ、いや、その」
おもわず
「女王様が、欲しいんでしょ? あたし
というと、なつきは飯塚の耳元に肉厚な唇を寄せ
「
『じょうおうさま』
というなつきの声に、飯塚の全身がびくりと飛び跳ねた。
女王様。
飯塚慎二ひとりきりの、女王様。
つばき。
ごくっ、と飯塚慎二は唾を飲みくだした。
その様子を見てなつきは、ふふふと笑ってようやく飯塚から少しだけ身体をはなした。
「かわいいわねえ、ヅカくん。恋しちゃってんのね」
飯塚はヘドモドして、もう声も出なかった。
これほど過剰ななつきの色気にさらされながらも、飯塚の身体はぴくりともしない。
これが椿なら、不機嫌な声を聴いただけで飯塚はもうどうしようもないほど反応してしまう。
なつきはにやりと笑いつつ
「ヅカくんがどのあたりまでの女王様を欲しがってんのか分からないから、とりあえず一本ムチとバラムチ、基本の手首緊縛くらいを椿に教えてやっているわよ。
あとはローソクとヒールの使い方をマスターすれば、基礎の基礎は終わりかな」
「はあ」
「もう一週間、余分に時間をくれたら本格的な“縛り”まで仕込めるかも。椿ってば、意外と呑み込みが早いし。どう、ヅカくん?」
「基礎の基礎、で十分です」
飯塚はかろうじて答えた。そして助けを求めるべく、カウンターにいる中年のバーテンダーに視線をやる。
小柄で、鼻と耳がひしゃげているバーテンダーはむっつりと黙ったままだ。しかしその手ぎわは恐ろしくよくて、酒がうまい。
あるいは、テクニック以外の何かを。
飯塚慎二が逆立ちしても手に入れられそうもない“何か”が、ごつごつした中年のバーテンの手に宿っていた。
あの技術を盗みたい、とバーテンダーの眼つきで飯塚がカウンターの中を探ったとき、なつきがふざけたように
「恋っていいわねえ、カグさん」
と言った。
カグと呼ばれているバーテンは腐ったものを口に押し込まれたような
「うちは健全なSMバーなんで。恋はいらないでしょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます