第四章「十二月十日 火曜日」

第18話 “やっつけデート”

あれから二週間がたった。

飯塚慎二いいづかしんじははその間に二回だけ、館林椿たてばやしつばきと会うことができた。二回とも椿の指定してきた日だ。


老舗ホテルのバーテンダーである飯塚いいづかは昼間に身体が空く。SMバーのアルバイトをしている椿の空き時間も昼間だ。

だから昼に会い、飯を食うだけのことでとても“デート”とは呼べない。

内心でぼやきつつ飯塚は椿と会って、とにかく食事をさせた。

仕事がなくて金に困っている椿に、飯塚は少しでもまともなものを食べさせたいからだ。


そして金のない椿はいつでも質素な服装をしてきた。

シャツ、ニット、パーカー、デニム、スニーカー。色はたいてい黒がダークグレーで、若い女性らしい色味いろあじはまったくない。それがかえって飯塚の中の欲情をあおった。


飯塚は、椿にいろいろな服を買ってやりたくて仕方しかたがない。

椿自身は身長が百六十センチで中肉中背の外見を平凡なつまらないものだと考えているようだが、飯塚から見れば若い女性特有の清潔感がたまらなく愛らしい。

それに椿は鼻筋はなすじがきれいで、目元がちょっと下がっているのが少女っぽくて飯塚は好きだ。


少女っぽい表情を生かすためには、あえてメンズライクな服装をさせてみたい。

真っ白なシャツやネイビーブルーのニット。シンプルなチノスカートをはかせたうえで、すこしレトロなアンクルストラップ付きのローヒールなどをはかせてみたらどうだろう。

椿の小さな頭には、この秋に流行していたダークグリーンのベレー帽をかぶせたい。


あるいは逆にロマンティックすぎるフラワーモチーフのワンピースでもいいかもしれない。

花柄であっても、黒のシフォンでふんわりとおおわれているようなビンテージっぽい服も似合いそうな気がする。

そんな恰好かっこうをした舘林椿は、すこし小生意気こなまいきなパリジェンヌのように見えるだろう。


もっともそんなことはぜんぶ飯塚の妄想にすぎない。

椿は単なる“ロストバージン予定者”の飯塚に対して、予定された四回のデートを機械的にこなす以外の価値を見出していないようだ。

服などはもちろん買わせてくれないし、飯塚にわずかでも近づこうとする様子は見せない。

物理的な意味でも精神的な意味でも。


だから飯塚慎二と椿はまるで中学生のようなデートを二回、繰り返した

そして今日が三回目のデート。

しかしこれをデートとカウントしてもいいのか?

飯塚慎二は深夜のSMバー“ダブルフェイス”のカウンターに座りながら、仏頂面ぶっちょうづらのまま椿が出ていったばかりのカウンターを眺めている。


今夜は椿が“ダブルフェイス”でアルバイトをする夜だ。

仕事あがりが深夜の一時半を過ぎるので、飯塚がボディガードがわりにアパートまで送っていく約束をしている。

飯塚にしてみれば、これをわずか四回しかない貴重なデートにカウントするつもりはなかった。

しかし椿が


『これを……三回目に、してくれるなら……いい、ですよ』


と言い張ったために飯塚はしぶしぶ、ただの送迎そうげいをデートに格上げしたのだ。

たとえデートに見えないデートでも、椿と会えるほうが飯塚には嬉しい。

うつむいたきりの椿をタクシーに乗せて自宅アパートの前まで送り、そのままバイバイするだけであっても、飯塚には椿に会えないよりはずっとましなのだ。


あのわけの分からない契約から二週間がたってしまっている以上、残り二回のデートは今週中にこなすしかない。

椿の”やっつけデート”に付き合うよりは、少しでも動きたいのが飯塚慎二の本音だ。


そして今、飯塚はSMバーのカウンターでハイボールを飲みながらイライラとカウンターに指を叩きつけている。

そこへ華やかでハスキーな声がしなだれかかってきた。


「ヅカくぅん。今夜は椿のお迎えかな? よく続くわねえ、あんた」

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