第14話 ED克服セックス&ロストヴァージン計画

飯塚慎二いいづかしんじの背後から、小さな滑舌の悪い女性の声がぼそぼそと聞こえた。


「なんで。あなたと会わなくちゃ、だめですか?寝るって。もっとフィジカルなこと、でしょう?」


飯塚は背後の女性に気づかれぬよう、ひそかにため息をついた。

フィジカルなこと。そう割り切ればどれほど楽か。

セックスがまるで腹筋運動やジョギングのようなことなら、飯塚慎二はどれほど楽だっただろう。


だが、飯塚にとっては衣服を脱いで誰かと抱き合うことは物理的な運動ではなかった。だからたないのだ。

飯塚はゆっくりと息を吸い込み、ヴァージンのくせに“セックスはフィジカル”と言い切れる背後の女性に向かって、りかえりもしないで答えた。


「たとえフィジカルなことでも」


と言ってから、きっぱりと続ける。


「俺にとってはメンタルな部分も含んでいる。三週間のあいだに、最低でも四回はデートしてくれなけりゃ、立たないよ、俺」

「よんかい……!」


彼女は驚いたような声を出した。思わず飯塚が明るい朝のアパートの天井をあおぐ。

くそ。

俺との四回のデートがそれほどいやか? どうせ断られるのなら、五回と言っておけばよかった。


それほど、飯塚慎二は目の前の女性との時間を持ちたかった。

二十歳を過ぎているはずなのに少女のような彼女。

目元に泣きほくろをつけた彼女の顔は、かつて十一才の飯塚慎二のヴァージンを奪ったきり、あっさりと捨てていった女性によく似ていた。


飯塚はくるりと身体をまわして、目の前にうずくまるように座る女性を見おろした。

逃げ道を与えないように、厳然とした声で言う。


「四回のデート、プラス一回の女王様プレイ。これがこっちの条件だ。いい?」


飯塚が重ねて尋ねると、彼女は明白にイヤそうな顔をしながら、それでもうなずいた。

女性の分厚い前髪の奥から、涼しげな目元がきらりと光った。意外と力のある視線だ。


「条件をクリアしたら……ちゃんと、くださいよ? 頼める人は、いないんです」


飯塚慎二は仏頂面ぶっちょうづらで目の前の女性を眺めた。

他に頼める奴なんて、いてたまるか。

この子は、ほんとうに初めてのセックスについて話し合っているのだと分かっているのだろうか?


飯塚の心臓は、さっきから壊れかけているかのようにひたすら打ち続けているのに。

なぜそれが、彼女に伝わらない?

飯塚は腕組みをしたまま、女性に向かって言った。


「じゃあ、これから三週間、俺は君のことを“椿つばきちゃん”って呼ぶからね。きみは俺のこと、なんて呼んでくれるの?」


弱々しい声で椿つばきは答えた。


「イイ……ヅカ……さん」


まるでこの名を口に乗せるのもいやだ、というように。

飯塚はまた、ため息をつく。

しかし、今はこれ以上の譲歩を彼女から引き出せそうもない。


「じゃあ、契約成立ってことで」


飯塚がそう言っても、椿はもう、うなずきもしなかった。

こうして、“イイヅカさんと“椿ちゃん”の、ED克服セックス&ロストヴァージン計画は始まった。

十一月二十六日。火曜日の午前十時のことだ。

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