第13話 俺には、ろくに知らない女の子と寝る趣味はなくってね
「“女王様”は、いっかい、だけ……ほんとに?」
女性は
よほど信用されていないな、と飯塚は
まだ、彼女に対して何もしていないのに。
ただ昨夜ファミレスで少し話をしただけなのに。
しかしもう彼女は飯塚を信用せず、飯塚は彼女に引きずり込まれている。
彼女の中の疑わしさと飯塚の中の好奇心は同じ量なのかもしれないが、まるで正反対の方向に向かっている。
まるですれちがう余裕もないズレだが、飯塚がいま手にできるものはそれが精いっぱいだった。
これ以上のことを要求するには、このつぼみは固すぎる。
花として開く用意が、まったくないのだ。
飯塚慎二は精いっぱい誠実そうな笑顔を作り、女性に向かって話しかけた。
今は、薄っぺらな誠実さだけが、飯塚慎二の切り札だ。
「一回だけ。約束するよ。その一回が終わったら、ぜったいにきみにまとわりつかない」
そんな約束はできるはずもないが、とにかく今は彼女とつながる糸を切りたくない。
どんな
いつかその糸の記憶が、飯塚を包んでくれるかもしれないから。
『俺は、つきあうこともしていないのに、もう別れた後のことを心配している』
と、飯塚は
女性は、やけに少女っぽく見えるショートカットの頭を振って、飯塚の提案について考えているようだ。分厚い前髪が女性の顔にかぶさり、表情を飯塚から隠してしまう。
それから彼女は一度だけうなずいた。
「じゃあ、三週間後でお願いします。あたしは……女王様のトレーニングをしてもらいますから」
彼女が譲歩していると思った瞬間、飯塚の声は鋭く切り込んだ。
「その、トレーニング期間はきみと会ってもいいかな。あ、べつに何かするわけじゃなくて、会って話したり飯を食ったりしたいんだ。普通のデートってこと」
飯塚の言葉に、女性の身体がふたたび
飯塚はその強ばりに気づかないふりをして、立ち上がってキッチンに向かった。
背中ごしに、やや強い口調で女性に言う。
「きみにはいらなくても、俺にはそう言う時間が必要なんだ。あいにく俺は、ろくに知らない女の子と寝る趣味はなくってね」
すこし押しすぎか、と思っても、飯塚はもう戻りたくなかった。
飯塚慎二は、この咲かないつぼみを逃したくない。
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