第8話 金がない。 さらに困ったことに、仕事が、ない

今、深夜のファミレスで舘林椿たてばやしつばきと向かい合っている男は、三十歳くらいに見える。先月で二十六歳になったばかりの椿よりは、少し年上らしい。

こうやって座っていても背の高さを感じさせる長い手足や綺麗きれい物腰ものごしから、客商売の男、それも上品な客商売の男だと椿にはわかった。


カッコよくて、ちゃんとした仕事をしていて、ヘンタイ。


ヘンタイとは言え、社会的に見れば今の椿よりは数段上にいるはずだ。

なにしろ椿は、先々月に派遣切りにあって現在無職、姉の運営するSMバーのバイトで食いつないでいる境遇だ。

あまりにも、違いすぎる。


違っていていい、と椿は思った。ヘンタイの仲間に入りたくはない。

“女王様”なんて、もってのほかだ。

椿は、だまって目の前にあるサンドイッチを取って食べた。

こっちは男がおごってくれるというので、ありがたくオーダーしたものだ。


ちなみに、明日の夕方にSMバー“ダブルフェイス”で、バーテンダーのカグさんが作ってくれる“まかない”を食べるまで、椿のお腹に入る固形物はこれが最後だろう。

金がない。

さらに困ったことに、仕事が、ない。


椿には重度の男性恐怖症という欠点があり、そのおかげで、どんな職場でも働けるわけではない。

姉のSMバーを嫌っていながら、“ダブルフェイス”のような場所でなければ働けないという弱点があるのだ。

椿はため息をついた。

そのため息にかぶせるように、男が言った。


「新しい仕事は、ないんでしょう?」

「あなたには、関係、ないです」

「ちょっとかせいでみる気はない?――女王様で」


男は、最後の一言を低くささやくような声で言った。椿の手が、びくりとする。

そのまま硬い声で椿は答えた。


「できません。女王様が欲しければ、お店で、お金を払ってください」

「そう? 金さえ払えば、君がやってくれる?」

「むりです、あたしはただのバイトです。……女王様って、訓練がいるんですよ。普通の人がすぐにできるものじゃ、ないんです。ムチだって、ローソクだって。

必要なら、姉に予約を入れてあげます。それくらいなら、お役に立てます」

「――君じゃなきゃ、だめなんだ」


ぽそっと、男はきれいな鼻筋をこすって、椿を上目づかいに見た。

ハンサムがこんなことをするとそれだけでキレイなんだ、と椿はぼんやり思う。

そのすきに、相手の男がぽろりと爆弾を投げつけてきた。


「俺、EDでさ」

「はあ?」


椿は思わず、目の前の男のきれいな額にむかって、すっとんきょうな声を上げた。

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