第二章「十一月二十五日 月曜日」

第7話 もれなくヘンタイ

 そのとき、舘林椿は呆然と口を開けたままだった。

 深夜のファミレスでたった二日前に会ったばかりの男に、こう言われたからだ。


「きみ、女王様になれるよね?」


 椿の目の前には、恩人・深沢洋輔から会うように命じられた男が座っている。どうもこの男は洋輔の部下らしい。


 男は手足の長い身体をグレーのニットに包み、ニットの襟ぐりから真っ白なシャツをのぞかせている。深夜1時なのにブラックコーヒーを飲み、端正な姿で椿の手元を眺めている。

 誰が見ても一目でわかる目鼻立ちの良さ、品の良さ。

 ジャンルで言えば「イケメン」だ。それ以外の何者でもない。


 しかしそのイケメンが、平気な顔で椿に向かってをはいている。

 椿はファミレスのテーブルの下で、すでに汗をかき始めている両手をグッと握りしめた。

 男と向かい合って話すのは大嫌いだ。

 舘林椿は、男全般が怖いのだ。

 すでにいやな味の胃液が椿の喉元に駆け上がってきている。


 恩人である深沢の命令だから椿は仕方なく、深夜のファミレスでこの男と会っているのだが、なぜほとんど初対面の男に“女王様”だなんて言われなくてはならないのか。

 椿はごくりと唾をのんだ。


「女王さまって、何の、こと、ですか」


 男は小さくて形の良い頭を振って、椿に向かって笑ってみせた。その笑顔がしゃくにさわるほどカッコいい。

 そしてファミレスのテーブルに向かい合った男は椿に言った。


「だってきみ、“ダブルフェイス”で働いてるじゃないか。あそこはSMバー……」


 椿はまわりに目をやってから、テーブルに会った紙ナプキンの束を手に取って男の口元に投げつけた。


「だ……黙って、ください、っ」


 椿が小声で怒鳴りつけても相手は平気な顔で


「だって事実じゃないか」


 と答える。ホント腹が立つ。

 椿はますます小さくなる声でようやく言い返した。


「あれは。ただの、バイト、です」

「とはいえ、今はあれがきみの仕事だろ。お姉さんからそう聞いたけど」

「……おねえさん?あなた、姉のお客さん、ですか」


 椿はすうっと身体をテーブルから離した。

 姉のなつきの客となれば邪慳な対応はできないが、親しくなるつもりはない。


 だって、お姉ちゃんのお客さんならもれなくヘンタイだもん。


 椿のこわばった気配を感じたのか、男はコーヒーのカップを皿に置き、じっと椿を見てきた。

 その顔は見れば見るほど腹立たしいほどに整っている。

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