第3話 深紅のカーペット・四つん這いの男・首に紐

 ★★★

 深夜一時半。

 飯塚慎二は深沢に連れられて、ごくありふれた雑居ビルの入り口に立っていた。

 深沢は慣れたようすで入口の横にあるベルを鳴らす。すぐにドアが開き、年配の黒服が深沢の顔をちらりとみてからドアを大きく開けた。


「どうも、深沢さん」

「よおカグさん。かせいでるか」

「今もお客様がお見えです…と、お連れ様ですか」


 ひしゃげた耳を持つ黒服は、じろっと下から飯塚を見上げた。

 その視線を受けて、ぎゅっと、飯塚の睾丸が縮まる。入口が開いた瞬間から、あやしく不思議な雰囲気があふれている。

 飯塚はそろりと足を後ろに引いた。逃げ出すためだ。

 しかし深沢洋輔の腕ががっしりと飯塚の肩をつかんだ。


「おう、お連れ様よ。じゃあまあ、なつきの身体が空くまで、ちょいと飲んでいるか」

「あの、ボス、おれはここで」

「とっとと入れ、飯塚。俺は寒いんだ」


 十一月ももう終わりだというのにコートも着ない深沢は、飯塚を蹴り上げるようにしてバーの中に入れてしまった。

 そして自分も入って、黒服にぽいとボルサリーノの帽子を渡した。


「ジンライムふたつくれや、カグさん。シンジ、お前もジンライムな」


 はい、という声さえ、飯塚から出てこなかった。

 ただもう、たった今自分が見ている光景の意味が、分からない。

 飯塚の目の前には、深紅のカーペットの上によつんばいになっている年配の男がいた。

 男は床の上にうずくまり、小さくなって顔も上げない。

 飯塚は混乱した頭で考えた。


 なぜこの男は首にひもをつけているんだ。しかもブリーフ一枚しかはいておらず、四つん這いだ。

 男の、品の良い額にぱらりと銀髪が落ちる。

 男の年齢は60歳ほどだろうか。非常にキレイな顔立ちの男で、まともに服を着ていたら相当な貫禄があるだろう。


 にもかかわらず、今ここにいる男はブリーフを除いてはほぼ全裸であり、深紅のカーペットの上でカメのように固まっている。

 深沢洋輔は年配の男を気にもせず、ひょいとよけて店の奥へ入っていく。飯塚は、ここで見捨てられてはかなわないと思い、あわてて深沢の後を追った。


 そのとき、年配の男のくるぶしに飯塚の靴が当たった。

 ぎくりとして、飯塚が男のはいつくばっている足元に視線を落とした。

 ややたるんでいるものの、年配の男の形の良い背中が鳥肌を立てていた。


 すみません、と飯塚が言おうとしたとき、


「ちょっと、そんなところで勝手に気持ちよくなるなんて、どういうことなの」


 ピリッと部屋の空気を引き裂くような声がした。

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