幸せな終末の過ごし方
篠也マシン
本編
「人々は腐敗し、不幸で満ち溢れている。だから一旦世界を滅ぼそうと思うんだ」
神は言いました。
「不幸な人々が多いことは確かです。ですが正すことはできると思います」
私は必死に訴えました。街では貧困が
神はしばらく考え、ある提案をします。
「では世界の八割以上の人々が幸せを感じれば、滅ぼすのは止めよう」
私の心に希望の光が差します。ですが喜んでいる場合ではありません。巫女である私は、神の言葉を正確に人々へ伝える役割を担っています。間違いがないように細かな点を確認せねばなりません。
「現在、幸せを感じている人はどれほどいるのでしょうか?」
「残念ながら半分にも満たないね」
神は肩をすくめました。
「……期限はいつまででしょうか?」
「今から一年以内だ」
短すぎる、と私はつぶやきました。神は私の肩を軽く叩き、何も答えず去りました。
「巫女よ。神は何と申したのだ?」
世界を統べる若き王は私に問いました。神の言葉を伝えると、彼は頭をかかえました。
「――このことは誰にも話さないでくれ。世の人々に知れ渡ると世界はとてつもない混乱に陥るだろう」
「分かりました。決して誰にも話しません」
「人々が不幸なのは我の力不足だ。世襲で王となった我には、世界を正しく統べる力はないのだろう」
王は肩を落としました。
彼の父は世界を統一し、全ての人々から賞賛される存在でした。しかし数年前、突然の病によって
私は彼の背中にそっと触れました。
「悲しんでいる暇はありません。皆が幸せになれる方法を考えましょう」
「そうだな。我に力を貸してくれ」
私は強くうなずきました。巫女となってから、私はずっと人々の不幸を憂いでいました。世界が危機に瀕している今こそ力を尽くさねばなりません。
「まずは身近な人々から幸せにするのはどうでしょう? きっと幸せになった人がまた別の人を幸せにし、その連鎖がどこまでも広がっていくはずです」
「素晴らしい提案だ。早速試してみよう」
王は親しい臣下を呼び出し、彼らの妻や子供たちを幸せにするように命じました。ある者は妻に美しい宝石を贈り、ある者は休暇をとって子供たちを旅に連れて行きました。
しばらくして、王は私に尋ねます。
「――それで幸せな人は増えたか?」
私は首を横に振りました。神に確認しましたが、幸せと感じる人の数はわずかに増えただけだったのです。
「確かに近しい人々は幸せになりました。ですが自分たちだけで満足してしまい、幸せの連鎖が広がることはありませんでした」
「そうか……」
若き王の表情が曇りました。
「今度はもっとたくさんの人を幸せにする方法を試してみましょう。今、街で大きな問題となっているのは貧困による格差です。貧しい人々へ施しを行うのはどうでしょうか?」
「それは妙案だ」
王の顔が太陽のように明るくなりました。彼は急いで財務を担当する臣下を呼びつけました。
貧しい人々は施しにより幸せになりました。
しかし、結果的に幸せである人々の割合は変わりませんでした。施しを受けられなかった人々は不満を感じ、不幸になってしまったのです。国で蓄わえている資産は有限です。全ての人に対して施しを行うことは不可能でした。
そこで私は新たな提案をします。
「今度は裕福な者を幸せにしましょう」
「だが彼らに施しは必要ないだろう。どうすれば良い?」
王は首をかしげました。
「地位や名誉を与えるのです。それが彼らが最も欲しているものでしょう」
「なるほど」
王は満足げにうなずきました。そして臣下に命じ、新しい役職や立派な勲章をいくつも作ることにしたのです。
「……これでもだめだったか」
世界を統べる若き王は深いため息をつきました。
「はい。彼らは地位や名誉を与えても、さらなるものを欲しがりました。いつまでたっても幸せにならなかったようです」
人の欲望は有限ではありませんでした。ああ、なぜ人はこうも浅ましいのでしょうか。私は悲しくなり、目を伏せました。
「巫女よ。もうすぐ一年が経ってしまうぞ。このままでは本当に世界は滅ぶ」
私は王に近づき、優しく背中をなでました。そして最後の提案を伝えます。
「世界の人々に神の言葉を正直に伝えましょう。そうすれば人は自ら幸せを求めるのではないでしょうか? 家族や隣人をいたわり、皆が幸せになる世界が生まれるはずです」
「そう願いたいが、人々は平静でいられるだろうか……」
王は不安げに言いました。
「人々を信じましょう」
私はにこりと笑いました。王は悩んだ末、私の提案を受け入れてくれました。
すぐに王宮の前にある広場に数えきれないほどの人々が集められました。私は門の上に立ち、神の非情な言葉を人々に告げたのです。
残念ながら、世界の人々はそれほど理性的ではありませんでした。
街では暴動や略奪が起こり、王宮では横領や着服などの不正が蔓延りました。若き王は混乱を収めようと、その者たちを厳しく取り締まりました。罪を犯した者を一掃したころ、神の定めた期限まで数日となっていました。
神は私に言います。
「もう時間は残されていない。今から八割以上の人々を幸せにするなんて無理だろうね」
「ええ、そうかもしれません」
「やれやれ。君はどこか喜んでいるようにも見える」
「あなたが言った通り、この世界は滅ぶべきなのかもしれません」
私は苦笑し、話を続けます。
「ですが、愚かな人ばかりではありません。私はまだその人々を信じたいのです」
神は私の瞳をじっと見つめた後、ふわりと笑いました。
「最後まであきらめないというなら、あえて止めはしない。君が残り少ない日々を幸せに生きられることを願っているよ」
神は優しい言葉を残し、去っていきました。
私は急いで若き王へ会いに行きました。王は休まず働き続けたことで体を壊し、自らの無力さに絶望して心を病んでいました。
「神の言葉を伝える巫女として、世界の人々に話したいことがあります」
王の瞳にはもう生気がありません。彼はだらしなく口を開いて言いました。好きにするがよい、と。
私は深く一礼し、王の臣下に人々を集めてほしいと願いました。
私は門の上に立ち、広場に集まった世界の人々を見渡します。誰もが王のように絶望しており、幸せからほど遠い状態でした。私はゆっくりと口を開きます。
「神との約束の日まで、もう時間はありません」
私は小さく息を吐いた後、話を続けます。
「……ですが、皆の幸せになりたいという想いが積み重なり、世界は滅びの運命から逃れることができました」
人々は顔を上げました。誰もがぽかんと口を開いたまま私を見つめます。
「先ほど神に確認しました。今、世界の八割以上の人々が幸せだと感じています。もう何も心配する必要はありません。――世界は救われたのです」
私は両手を空に広げ、高らかに宣言しました。
瞬間、世界は凍えるほどの静寂に包まれました。しかし、その後に訪れたのは大地を震わす歓喜の声でした。
世界が救われたという報は、瞬く間に世界へ広がっていったのです。
「まったく、こんな手を使うとはね」
神はため息をつきました。
「ごめんなさい。でも約束は守りました。世界を滅ぼすのは止めて頂けますか?」
「ああ、神は嘘をつかない。君たち人間と違ってね」
私はにこりと笑いました。そう、私が人々に伝えたのは嘘の言葉です。
世界の八割以上の人々を幸せにする方法をずっと考えてきました。そして辿り着いた答えは、死の恐怖から解放する、というものでした。世界が救われたという嘘を聞き、人々は幸せを感じたのです。それが世界を救うことになるとも知らずに。
「君は巫女よりも政治家に向いているようだね」
「ええ。実は若き王が心労のために亡くなり、私が女王として世界を統べることになりました」
私の言葉を聞き、神は何か言おうとしました。しかし、神は言葉を飲み込みどこかへ去っていきました。
女王となった私は、まず世界の混乱に乗じて罪を犯した者を厳しく処断しました。浅ましく愚かな人々は消え去り、理性のある人々だけが残りました。
一年前、神の言葉を聞いたときのことを思い出します。
――全ての人々を消し去っていいとは思いません。
そうです。消し去ってもいい人々は、少なからず存在するのです。全てが計画通りに運び、私の心にある気持ちが湧き上がってきました。
ああ、これが幸せというものなのですね。私はこのような機会を与えてくれた神に深く感謝しました。
幸せな終末の過ごし方 篠也マシン @sasayamashin
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