ポーカーフェイスで決めさせて

瀬塩屋 螢

最後の日

「はい、私の勝ち」


 扇状に広げたトランプの手札を彼に見せ、私は勝ち誇った顔で言った。

 手元では、Aのフォースカードがきらりと光る。

 彼は余裕そうな顔は崩しはしなかったが、少し投げやりにテーブルへ手札を捨てる。案外かわいいところがある。こういう子供らしいところがモテる秘訣なのだろうか。

 投げられた手札は、10が3枚とQが2枚。フルハウスだ。なかなか真面目にやったにしては、善戦している方だ。


「これで、2対1だね」


「……」


 刈り上げたスポーツマン風の髪型に、迫力のある鋭い瞳。元の顔が怖いだけに、表情の険しさは『これって、賭け金のあるゲームだっけ?』と錯覚してしまう。

しかし思い返せばそんな記憶はないし、これはごく普通な学生が行う暇つぶし的なトランプ遊びだ。


 表面上は。


 私としては、それこそまさに運命のかかっているゲームなので、お遊びにしておきたくはない。だが、お遊びを装って彼を誘ったのも、事実。なので、ここはあくまでそのお遊びの延長線として、彼に気楽に遊んでもらわないと。


「さ、最後のゲーム始めるよ。ちなみに最後は二点だから次に勝った人が勝者ね」


 どんでん返し方式の点数配分を改めて口にする。確認と揺さぶりの意味を込めて。出来るだけ気軽な声で。私は長テーブルに散らばったトランプを掻っ攫い、中央の山札に手を掛ける。


「待って」


 ぞくりとする声だ。ちょっとかすれた蕗間ふきまの声。私が一瞬手を止めると、彼がその山札を取り上げた。初めからこうするつもりだったと言わんばかりの鮮やかな手腕だ。


「俺がやるよ」


 それは宣言で、私の合意もなく彼が手札を切り出す。黒と赤のチェック柄のそれがシャッフルされる。トランプが擦れて軽い音だけが、夕日の差し込む部室に響く。


 そう、ここは我らが通う仁波になみ高校の一室。心理部の一幕である。

 心理部。などと言うおおよそ聞き馴染みのない部活名だと思うが、内容はおおよそ想像している通りだ。様々な事象に対する人間の心理を探求する部活。そうなっている。


 その部活で何故トランプなのか。それは勿論心理戦を多用するからだ。

 まぁ、トランプ以外のボードゲームやじゃんけんも心理戦があるのし、実際ボードゲームのいくつかはうちの部室には保管されているが、大体一般的にルールを語らずともできるゲームの方が、策略や心理戦を仕掛けやすいので、我が部では多くの場合トランプを利用している。


 しかし、蕗間のやつ。大きなごつい手で不器用な癖に。何故トランプだけはこんなにきるのが上手なんだろうか。二年前は少なくとも多少難儀していたはずだ。

 テーブルに肘をついて対面にいる彼を見つめる。

 昔からガタイのいい彼は、こんな部活よりも体操着を着て、外で動いている方が似合っている。というか実際この部に入るまでは、野球部のエースとして存在していたらしいからこんな詰襟の学ランよりは似合ってるんだろうな。


尾合おあいさん。そんなに見つめないでよ」


 特に気にしている様子なく彼は言った。

 ぞんざいな言い方だった。なので、私は無視することにした。

 大体彼はこうした注意することはあれど、本当に嫌なら実力行使の人間だ。気にする必要はない。


「春休みが始まったら、眼福出来なくなるから、今の内に見溜めしておくの」


「もっともらしく言ってるけど、変態臭いよその台詞せりふ


 軽いため息をついて、手の中の山札を机に二、三回打ち付けた。


 実際春休みが始まってしまえば、会う予定はないし。休みが明けても、私達は大学に進学し別々の道を進むことが決まっている。

 今、少し眺めただけで文句を言われる筋合いはない。


 私の方から順に、彼が手札を配っていく。

 彼の方にも5枚配られたところで、私は自分の手札を開いた。ハイカード。役にもならない組み合わせだ。

 

 ジョーカーの入っていない手札でするなら、50%の確率でそうなるわけだし、これは別に落胆にも値しない。


「蕗間は手札変える?」


「俺はいい。尾合は?」


「変える。折角『お願い』が掛かっているし」


 自分を低く見せないように切り出して、私は手札に残るA以外のカードを場に捨てる。そして山札を上から順に4枚引いて見せた。

 チラリと今来た4枚を見て、私は微かに指が震えた。


 そんなことがあるなんて。


 顔は変化させないようにして、チラリと向こうを盗み見た。

 蕗間は本当に変える必要がないらしく、手札を裏にしてテーブルに伏せている。

 心理戦の一環かも知れないが。


「『お願い』ねぇ」


 私の言葉でその存在を思い出したらしい彼は、言葉をつぶやいた。


「『勝った人の願い、なんでも一つ叶える』だっけ? ベタな願いだしてきたよね」


「ベタって」


 自分でもそう思っているけれど、彼に言われるのは少し癪だ。

 これでもいろいろ考えたんだぞ。少し抗議めに視線を出すが、彼は全く気が付いた様子もなく、指折り数えていた。


「何してるの?」


「いや、何してもらおうかなって」


 どうやら彼は勝ったつもりでいるらしい。いや、それも心理戦のうちか?

 こうやって勝っているように見せかけて、こちらの手札を変更させるつもりだったとか。

 だが、彼の小細工は通用しない。

 私の手元には揃ってしまったからだ。いやはや全く期しせずして。ロイヤルストレートフラッシュが。


 これが手元にある以上、蕗間が私に勝つことはない。


 まぁ、山札から運命的にこれが引けなくても、私には最終手段があったので、どのみち彼が勝つことはなかったんだが。セーラー服のポケットの中身を使う必要が無くなって、手間が省けた。

 

「その挑発には乗らないわ」


 私も彼と同じく、手元に持っている方の札を机に伏せる。


「蕗間こそ、そんなに余裕ぶって大丈夫なの?」


 私の勝ちは同然。そこで顔に出してしまっては、心理部部長の名が廃る。

 ここは精一杯この試合が拮抗しているように見せるべきだ。

 一瞬ピクリと眉が動いた気がした。が、彼はすぐに不敵な笑みを浮かべる。


「あぁ、これで大丈夫だ」


 そこまで言うなら、無様に負けてもらおう。


「それじゃあ、オープンしましょ」


「ちょっと待って」


 ここに来て心理戦か? 蕗間がもう一度待ったの声を掛けた。


「折角だし、一枚づつオープンしていこう」


「オーケー」


 よほど自信があるらしい。蕗間の提案に私も一も二もなく頷く。

 手札を等間隔に並べる。横並びの五列。

 さぁ、彼は何を持っているのか。


「じゃあ、もう一回行くよ」


「……」


「1枚目」


 私はハートの10をめくり、彼はスペードのQをだす。


「2枚目」


 私はハートのK。彼は、スペードのJ。


 彼の手札が透けていく。ありえない。そんな確率ない。

 信じがたい事実に私は、押し黙る。


「三枚目」


 蕗間は特に驚いた様子もなく、そのコールをして、自分のトランプをめくる。

 ここで後に引けない。私も、捲った。


 私がハートのQで、彼はスペードの10。


「四枚目」


 私はハートのJだった。彼はスペードのK。


 もう、決定的だ。


「イカサマよ」


 私は蕗間のコールが入る前に、強くそう言った。

 ついでにパイプ椅子から立ち上がってしまう。

 こんなこと起こるはずがないのだ。絶対に。


「一人のロイヤルストレートフラッシュが、約65万分の1よ。二人そろって、これなんてあり得るはずがない」


「起こるかもしれないだろ」


「単純に倍数にしても約130万分の1よ。本当に起こると思う?」


 私の問いへの彼の返答は不敵な笑みだ。

 まさしく、心理部にふさわしい。


 いまはそんな余裕が認められない。


「イカサマって言うなら、尾合さんもだろ」


 口を開いた彼が、椅子から立ち上がって私の元に歩み寄って来た。

 そして、あっという間に私の制服のポケットの中から、カードを取り出す。


「どうして、」


「何年見てきてると思ってんの。今回一回使ってたし」


「……」


「立証できるイカサマは負け扱い、だろ」


 私から奪って、手札を確認する。

 まったく同じ柄のトランプでロイヤルストレートフラッシュがそろっている。


「さぁて、ゲームは俺の勝ちだな」


 私から取ったトランプを押し付けて、蕗間が軽く言う。

 何も言えない私は、ただトランプを受け取った石像と化す。

 彼が離れていく。席にも戻らず、出口に向かって。


 あぁ、どうしよう。こんなつもりじゃなかったのに。


 得意の心理戦は何も出てこない。それをすることすら出来ない。


「あとで、『お願い』言うから」


 部室の引き戸が開いて、彼の声と共に閉まる。

 振り返れなかった。




 どれほど時間が空いたか。

 彼はまた『お願い』を言うと言っていたから、怒ってはないだろう。そんな希望観測をよりどころに何とか立てた。

 片付けないと。テーブルのカードをかき集めようとして、暗くなった室内で、携帯がぼんやり光ったのが見える。

 薄暗い室内で、光に吸い寄せられて私は携帯の方へ行く。


『お願い:春休み中、映画一緒に見に行こう』


『追伸:俺のカード。めくってみてな』


 蕗間からのメッセージに目を疑う。

 そのお願いは……


「私の『お願い』とおんなじ?」


 こんな事本当にあるんだろうか。

 少しだけ沈んだ心が浮ついた。

 

 その元気に任せて、私はもう一度テーブルに向かう。

 追伸に書いてあった言葉に従い、彼の手札の最後の一枚をめくる。

 それは、クラブのAだった。


「これじゃあ、ハイカードじゃん」


 そして私は、笑うしかなかった。

 私は彼の心理戦にまんまと引っ掛かった。全くとんでもないどんでん返しだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ポーカーフェイスで決めさせて 瀬塩屋 螢 @AMAHOSIAME0731

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ