私立銀河学園eスポーツ部

なみかわ

ルールは大事だよ

「えー、であるからして、七月と八月は、非常にルネッサンス・ラブの季節であるからゆえ」

(なあ、俺たちこれいつまで聞いてないとだめなのかな?)

(校長の年に数回の晴れ舞台やし、まあつきあったらんとあかんのちゃう?)

 夏休みの始まりを告げる終業式。講堂にわざわざ足を運んできたとはいえ、銀河学園高等部校長みなもと 清盛きよもりの話は長く、空調もきいていて(完全コントロール)座って聞いていても僕らはげんなりしてきた。

「えー、恋愛は人生において最重要ではありますが、くれぐれも、くれぐれも!はめをはずさないように」

(はめをはずさへんように、ってバーチャル快●天読み放題のこの時代になにいってんだか……まああんな漫画の通りになんてならへんけどな)

(ちょっ、晴臣はるおみおまえ、それ18禁じゃ)

(そんなフィルタリングは外して当然や)

 隣の晴臣はあっけらかんとしている。夏休み、恋の季節……そんなものにまったく縁のない日々しか想像できない僕とは、部活が同じこと以外はまったく対極な奴だ。


 ああ、もうひとつあったか。共通の友人がいる……「彼女」のチャット文字が、タブレット端末の端に映る。


『リュート、《ハルオミ》に、今日デリ頼んでないって言うといて』


 同級生で、同じ部活で、家庭の事情ってやつで晴臣の家で暮らしてる……飛鳥あすかだ。


 晴臣にとって飛鳥はまったくタイプではなく、母親の次にうざいうざいと言っているが、僕は、飛鳥のことが気になっていた。でも、いえたものじゃない。

(あいつまたハンバーグとかチャレンジするんやろな、2000年代の古いレシピあさっとるし)

 晴臣が嫌そうに僕のタブレットの文字を見てつぶやくが、うらやましい、という感想しかなかった。



 ※※


 私立銀河学園には高校と大学にeスポーツ部があり、部員は全宇宙で5000人をこえる。ほとんどが近くのネットワーク帯域や惑星ドメインでグループ分けしていて、かつ、取り組んでいるゲームごとでもグループを作る。僕と晴臣、飛鳥は、ほか3人の部員と、『剣道of the Earth 』というタイトルに春から取り組んでいた。晴臣と飛鳥がリアルで剣道を習っていたからというところに、僕が着いていったかたちだ。

 2000年代でいう『ヘルメット』の枠だけの、軽い素材の帽子のようなデバイスを装着するだけで、256G回線からゲーム世界へダイブする。竹刀や防具もリアルに用意せず、好みのものをバーチャルで装備でき、晴臣は竹刀と小手、飛鳥はかつての剣道とおなじすべてを身につける。(僕はすべてバーチャルだ。)


 リアルで三人、学園の武道場を借りて練習するときは、しっかりした掟に乗っ取ったスポーツをする場所で不埒とは思いつつ、飛鳥の姿に見とれていた。彼女の動きは、本当に相手が竹刀の先にいるようだった。「小手っ」「やあっ」「面ー!」爽やかな声、真剣な動作。試合を終えて、紐をほどき、面(デバイス)をはずしたときの、汗ばんだ顔や、すうっと涼しさに目を細める表情……を、ずっと見ていた。


 夏休みの後半には、そのしぐさを晴臣に見抜かれていて、「飛鳥にいうんじゃないぞ」と念押ししているものの、ことあるごとにニヤニヤされるようになる。

「あいつさー、このまえリビングで疲れてでよだれたらして寝てたでー」

「!?!?!?」

「ハルオミ!!あんた何変なことリュートにいうてんの!?!」

(ニヤニヤニヤ)

(くっそ……うらやましい……!)


 ※※


 僕たちは次のコロニー別大会予選に向けて練習を続けていた。

「そいえば、最近晴臣のお父さん、帰ってないよね」

 晴臣の父親は、サイバー警察官で、たまに泊まり込みで対応することもあった。でも大抵、晴臣とトークしてる時は、未成年者見守りの、両親のアイコンがオンラインで点灯していた。ここのところずっとオフラインだ。

「せやで、あのようわからん新種の対応しとる」

「そうか……」

 8月の半ばから、所在のわからない識別子シグネチャーをつけた、ネットワークウイルスが増殖しはじめていた。

「なあなあ、ふたりともこれ見てや、練習試合のメール来てるで」

 飛鳥はうずうずして僕らに早く試合の用意をしろと言ってくる。

 はいはい、と晴臣と僕はjoin のボタンを押した。相手のステータスアイコンが、2000年代の趣味の悪いデスマスクみたいなやつで、ほんのすこしもやっとした。


 試合空間にダイブすると、目の前に飛鳥がいて……もう少しで唇がふれそうなくらい……あわてて飛び退く。彼女はぱくぱくとなにかを伝えようとして……消えた。


 ……消えた? 試合空間では、チーム全員や相手や、観客がいるはずだ、ここは、暗闇。晴臣? 飛鳥? ここは、どこだ? ログアウトすれば……メニューがバグって、選択できない……!


 闇からぶんぶんと重くうなる音がする。数歩下がったら、さっきまでいたところに、炎のような柱があがる。嘘だろ、試合空間はルールにしたがって構築される。『剣道of the earth 』では、つまり使。だとしたらこれは? 混乱する隙もなく、次の火柱がたちあがる。

「使えるのか?!……っ」

 ポケットに入れっぱなしだった魔法石にデバイス越しにアクセスできそうだ。ばらまき、喚ぶ。「知恵と知識の精霊よ、ことで生きる意味を教えてくれ!ウィズダムサーチ!」

 魔法石が輝き、一気にこの「ゆがんだ試合空間」を明るくする。そこには、10メートルほど向こうで吹っ飛ばされる飛鳥と晴臣、そしてとても人形とも動物ともいえない異形の生物がこちらに黒い腕を繰り出している様が見えた。目の前のコンソールに、大量の情報が流れる。《試合開始試合開始試合開始倒倒倒倒倒》

「龍人よけろ! こいつ、《新種》だ!」


 その黒い腕をはじききれなかった晴臣が《新種》と言い切るまでに、それ目の前に到達していた。ギリギリのところでかわしたけど。僕らのようなまっとうな選手にウイルスプログラムを送り込み、最悪デバイスごとオーバーフローを起こして、中身のヒトも破壊する……。


 ※※


 既知のワームに対応する実習はやったことがあるけど……。

 その通りに、ワクチンプログラムを短銃デバイスでショットする、を晴臣と飛鳥は試そうとしたが、まず時間を作るための、竹刀での反撃はうまくいかない。

 なんとかログアウトできないかと僕はコンソールを探し回る。メインメニュー画面も、エマージェンシー画面も、さっきよりバグって動かない。

 僕がコンソール操作にもたついていると、三度目の黒い腕の攻撃が、まともに当たった。……バーチャル空間のはずなのに、痛い……!


「龍人!」

「リュート!」

 二人の声が転がって聞こえてくる。


 もう一度真上から腕が迫ってきて、潰されそうだ。


 こんなことになるんだったら……飛鳥に告白しておけばよかった。





 その時。




『時を渡るティ=ウォークよ、真摯ならざるものに鉄槌を! シンジルモルワ!』

 試合空間の天井を割って、真っ白な光が輝き、《新種》は。こんなを使えるのは……



「みんな、無事だったかな?」

『こ、校長!!』

 源 清盛校長と、

「すまん、《新種》向けのワクチンプログラム開発に時間がかかって……eスポーツのネットワークレイヤーに侵食を許してしまった」

 晴臣のお父さんだった。かれは隙のないフォームで、ワクチンプログラムをショットし、あっけなく《新種》は消え、試合空間も消えた。




「遅いわ親父! もうちょいで、とりかえしつかんとこやったやろ!」

 半笑いの声だが、晴臣の足は震えていた。

「いやーほんますまん、まあ間に合ったからええやろ」

「ええことないわ! もし、間に合わんかったら……龍人は言えんで言えなくて、死んでもうたかもしれんやろ!」

「えっ……」

 晴臣はこっちを向いて、まだ足は震えているけれど、ニヤニヤした。

(くっそ……)


 かくして、僕は雰囲気もへったくれもなく、親友親子や校長が見守るなか、飛鳥の前に立った。


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