菫子ちゃんと新太くん
かどの かゆた
サクラの会に行こう
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
ある朝、僕が教室の引き戸を引くと、菫子ちゃんが机に突っ伏していた。
「はぁ……」
彼女は大きくため息をついて。何やら落ち込んでいる様子だった。
「どうかしたのかい? 菫子ちゃん」
僕はそんな彼女を見て、即座に話しかける。
菫子ちゃんの悩みがどんなものかは検討もつかないけれど、彼女は僕の友人であるから、出来る限りは力になってあげたい。
「新太くん……」
彼女は顔を上げ、潤んだ瞳で僕のことを見てきた。そして小さく唇を震わせると、
ゆっくりと、大切な秘密を打ち明けるように、口を開く。
「ラーメンが、美味しくなかったの!」
「はい?」
菫子ちゃんの発言に、僕は面食らった。麺食らった、とも言えるだろうか。どんな深刻な話が出てくるかと思ったら、ラーメン?
「ネットでちゃんと調べて、星4つの高評価な店を選んだのに!」
頬をぷくーっと膨らませて、菫子ちゃんは僕にスマートフォンの画面を見せてくる。
「なるほど。ネットで評判の店に行ったのに期待を裏切られた、と」
画面に写っていたのは、いわゆる『口コミサイト』ってやつみたいだ。不特定多数の意見を知ることが出来るから、たしかにこういうサイトは便利なものだ。うん、便利なんだけど……。
「菫子ちゃん、星の数も大切だけど、レビューはちゃんと確認したかい?」
「レビュー? うーん、まぁ、ちょっとだけ」
僕の言っている意味がよく分からないらしく、菫子ちゃんは首を傾げる。
「少し貸してね」
僕は菫子ちゃんのスマートフォンを少し借りて、件のラーメン屋についているレビューを確認してみる。
『うまい 星5』『うまい 星5』『うまい 星5』
案の定、そこには似たようなレビューが立ち並んでいた。何処を切っても星5つ。まるで金太郎飴である。
「えー、なにこれ。どういうこと?」
「こういうサイトでは、よくあるんだよ。適当なレビューで評価を水増しする……
みたいな」
「えーっ、ずるじゃん。ずる」
菫子ちゃんは画面に映るラーメン屋を睨みつける。
「あるサイトでは、レビューの3分の1が偽物だったっていう噂もある。ネットで何かの評判を確かめる時は、それが信頼のおける評価なのかを確かめないとね」
とにかくネットの情報は玉石混交。騙されないための自衛は必須だ。
そういう風に僕はネットリテラシーについての一般的なにわか知識を披露した訳だけれど、ここで納得しないのが菫子ちゃんという人だ。
「全く。そんな嘘ばかりつく人たちの顔が見てみたいもんだよ。そして、一言ぐらい文句を言ってやりたい!」
細腕に力を入れて、義憤に燃える菫子ちゃん。
「菫子ちゃんなら、そう言うと思ったよ。それじゃあ、東京に行こうか」
「東京?」
「ちょうど、どういう人達に会える集まりがあってね」
そういう訳で、僕らは東京へ行った。
東京の、新宿御苑。僕と菫子ちゃんは正装として、制服のまま、ここにやってきた。
「わぁ、沢山人が集まってるね」
菫子ちゃんは辺りをキョロキョロと見回して、何とも愉快そうだ。
「サクラを見る会の参加者の方ですか?」
「あぁ、はい」
受付の方に声をかけられて、僕は頷く。
「え? 桜?」
隣で話を聞いていた菫子ちゃんが眉をひそめる。
「いや、桜じゃないよ。サクラ。仕込みの客とかをそう呼ぶでしょ?」
「あぁ、私、てっきり……」
菫子ちゃんはほっと胸を撫で下ろす。
「ということで、ここがサクラを見る会だよ。各階のサクラ達が。今ここで一同に
会しているんだ!」
受付に通してもらって、僕らはついに「サクラを見る会」の会場に入ることができた。
「わぁ、すごい!」
会場には軽食やドリンクも用意されていて、華やかだ。多くの人が和気あいあいとサクラ鑑賞を楽しんでいる。
「この布団、最高ですよ! 通常100万円のところ、今ならたったの10万円!」
「買った!」「買った!」「私も!」
会場でも一際目立っているのは、薄っぺらな布団を掲げている人々だろうか。
「あれは?」
菫子ちゃんが彼らを指差す。
「会場でサクラがどんどん商品を買うことで、他の人の購買意欲を煽るんだ」
「へー」
菫子ちゃんは興味津々といった様子で会場を見回す。
「わ、わー、びっくりしたぁ。全然、気づかなかったー」
すると、遠くの方で、何やら棒読みで演技をしている人が居た。その周りにいる人達は、必死でその人を撮影している。
「あれは?」
「どう考えてもバレバレなドッキリを、サクラで盛り上げているんだ。雇った安い俳優を素人として紹介しているんだね」
僕も知識としては知っていたけれど、本当に世界には多様なサクラが居るんだなぁ。感慨深いや。
そうやって会場を歩いていると、人だかりができているブースがあった。人混みの中から覗いてみると、小学生くらいの男の子がお母さんの足にしがみついている。
「ママ、買ってよ! このゲームまぢで皆持ってるからさー! リョータもレンもサトルも持ってるって!」
「えー、そうなの?」
どうやら、息子が母親へおねだりをしているようだ。
「あれもサクラなの?」
菫子ちゃんは腕組みして、口元に手を当て考え込んでいる。
「あれはかなり高度な技だね。あの男の子の数居る友達の中で、実はゲームを持っているのはリョータとレンとサトルしかいない。クラスの友達全体で考えると、8パーセントくらいの割合だ。でも、主語を『皆』にすることで、本来居ないサクラが大量に居るように思わせることが出来る」
僕は深く頷いて、一呼吸おく。
「――言うなれば、この技は『透明サクラ』!」
「とっても高度なんだね!」
菫子ちゃんは目を輝かせておねだりをする少年を見つめる。
「国民は怒っているぞ! 国民は悲しんでいる! 国民は対人を望んでいる! 国民の声を聞け!」
突然、大きな声が会場に響き渡る。
選挙カーの上で声を張り上げるのは、タスキをつけた政治家達だ。
「あれも『透明サクラ』だね。政治家はこれを使いこなさなくちゃ、話にならない」
「政治家さんって大変なお仕事だよね!」
菫子ちゃんが言うので、僕も「うん」と同意する。自分の意見をあたかも国民の総意のように語るなんて、とっても大変なお仕事だ。
「そういえば、嘘のレビューを書いてる人はどこに居るのかな? 会が終わるまでに見ておかないと!」
菫子ちゃんはポンと手を打った。
「確か、向こうの方だったかな。ちょっと歩くね」
あまりに凄い会で、菫子ちゃんに言われなかったら、当初の目的を忘れるところだった。
僕らはテーブルに置かれた軽食なんかをつまみながら、目的の場所へ歩く。
「本当にこんな豪華な会が無料で良かったのかな?」
「大丈夫。お金は国から幾らでも出るから」
僕は高級そうなオレンジジュースを一口、菫子ちゃんに笑いかける。
「そんなことより、そろそろ見えてきたよ」
そこには、おびただしい数のパーソナルコンピュータが並んでいた。そして大勢の人達が血眼になって何かを打ち込んでいる。
後ろから画面を覗くと、それはゲームアプリのレビューだった。
『面白い 星5』『やってないけど期待! 星5』
とにかく大量に送られてゆく、星5レビューの数々。これぞまさに現代チックな宣伝。ナウでヤングな、賢いやり方だ。
「どうして皆さんがこんなことを?」
すると、菫子ちゃんがパソコンの前で作業に勤しんでいるうち一人に話しかけた。
「仕事ですから」
30代くらいの男性が、死んだ目で答える。
「もっと人の役に立つ仕事があるのでは?」
「いえいえ。私達はとっても役立っています。売れない店や潰れかけのゲーム会社、技術力不足の工場を救っているんですよ」
男性は淡々とした口調で、まるで用意した原稿を読み上げるかのように話した。
「え、いや、でも……? あれ? 確かにそういう人達には役立ってるけど」
あまりにも堂々とした態度をとられて、菫子ちゃんは混乱しているようだ。
嘘っぱちで救われる会社や工場がまともなはずないだろう。僕はそう口を挟もうと……。
「会場にお集まりの皆さん! サクラを見る会、楽しんでいただけていますか?」
その時、会場の真ん中に、見知った人が姿を現した。
「総理大臣だ!」
「総理大臣だぞ! 初めて見た!」
さっきまでレビューを書いていた人達でさえ、その人に注目する。まさかのサプライズに会場大混乱。一体どうして彼がここに?
「さて、私が国の金を使ってこのような会を開いたのは、勿論自分のためではなく、国民のためであります」
言いながら、彼は手に持っているボタンをポチりと押す。
「サクラとして国民を混乱に陥れる悪人と、それを見物したいという人格破綻者が、今ここ、新宿御苑には沢山集まっています。つまりですね……」
すると、新宿御苑の池が真っ二つに割れた。そしてそこからは、巨大な機械が出てくる。キュルキュルと不快な音を立てるその機械は、次第に僕らの方へ迫ってきた。
「新太くん、あれは!?」
菫子ちゃんが僕のことをちらと見る。
きっと僕は今、酷く青ざめていることだろう。
「あれは、どんなものでもおよそ30秒で裁断してしまう最終兵器! 内閣府の大型シュレッダーだ! 逃げるぞ、菫子ちゃん!」
僕らは頷き合って、とにかく逃走を図る。後ろでは、逃げ遅れた人々の悲鳴が聞こえた。
「ふはははは! 参加者名簿一つ残さない最強のシュレッダーの威力、見せてやる!」
高笑いする総理。泣き喚くサクラ。逃げ惑う僕たち。
まさに阿鼻叫喚。なんて地獄絵図だろうか。
「くっ、最早助からないか!」
僕らが全力で走っても、シュレッダーの方が間違いなく早い。ちょっとした見物のつもりが、とんでもないことに巻き込まれてしまった。
菫子ちゃんになんと詫びればいいか……。
その時。
「私達に任せて!」
どこからともなく、大量の女性とおっさんが紙を抱えてやって来た。
「あの人達は!?」
菫子ちゃんが息を切らせながら僕に質問してくる。
「あれは、出会い系サイト等の怪しいメールを作っている方々だ! 凄い数のメールだぞ! 1000件、2000件……10000!? まだ増えるのか!?」
大量のメールがシュレッダーに投入されていく。それは、いかに巨大な内閣府のシュレッダーでも処理できない量だ。使用の予約が取れなくても仕方がないくらいの圧倒的迷惑メールに、巨大な機械は不思議な音を立てて、煙を上げ始める。
「そ、そんな馬鹿なァァァァ!」
総理の叫び声とともに、シュレッダーは爆発。新宿御苑は吹っ飛んだのだった。
その後。
東京から戻った僕らは、すぐ家に帰って、次の日には学校で再会した。
「某SNSで調べたらさぁ」
椅子に浅く腰掛けた菫子ちゃんは、気怠そうにスマートフォンの画面をスワイプする。
「うん」
僕は紙パックのりんごジュースを飲んだ。
「サクラを見る会の爆発を見たって人が、何万人も居たんだよねぇ。あと、テレビで取材を受けてる人が居たんだけど、あれも多分……」
菫子ちゃんは言いかけて、スマートフォンから、僕の方へ視線を移した。
「またやりそうだね、あの会」
そう言って彼女が笑うので、僕は苦笑を浮かべ、否定も肯定もしなかった。
でもまぁ、またやるだろう。
桜はまた咲くし、何者かに守られている内は、枯れることなど無いのだから。桜が誰かの得になる内は、やるはずである。
終わり
☆菫子ちゃんと新太くんの読者からの声☆
・とても面白かった。何がとは言わないが最高 星5
・すごく良い 星5
・歴史に残る名作 星5
・このコメントは削除されました 星1
・ここに書くとガチャ一回無料らしいので 星5
菫子ちゃんと新太くん かどの かゆた @kudamonogayu01
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