その14


 どれだけの間そうしていたろう。胸の奥がぎゅうっと締め付けられるような時間を、みいはただ静かに待っていてくれた。


「大丈夫、何でもないよ」


 ようやく自然に出せた一言と共に、頭を離す。

 顔が見えていなくて本当に良かった。見えていたらきっと、この気持ちも隠すことができなかったから。

 カボチャを隔ててようやく表現できた想い。これが今の私の精一杯。それでも、私の希望は繋がっただろうか。


「ねえ、手を出して」


「一日一個じゃないの?」


 冗談っぽく言うみいの手のひらに、赤いリボンでラッピングした小さな紙袋を載せる。制服の内ポケットに隠していたものだ。


「お菓子じゃないしいいの。早く開けてみて」


「わぁ——、かわいい!」


「お誕生日おめでとう」


 袋の中に入っていたのは、いたずらっぽい笑みを浮かべた、鮮やかなオレンジ色のカボチャの髪留め。渡すか渡さないか、今朝まで悩んでいた、六年越しのプレゼント。

 今日は十月三十一日。ハロウィン。都築美衣香の誕生日だ。


「ありがとう!」


「貸して。付けてあげるから」


 脱いだカボチャを二つ、並べて草っ原の上に置く。

 こうして素顔で向き合うのは久しぶりな感じがして、なかなか言葉が出ない。さっきまで、随分と恥ずかしいことを言い合っていたというのに。

 すぐ近くで見下ろすアッシュグレーの素直な髪は、指の間をさらさらと流れて心地良い。そのうちの一房を取って髪留めを付けた。


「初めてだね。きょーちゃんが当日にお祝いしてくれたの」


 みいは俯き加減のまま呟く。丸っこい耳の先は少し赤みを帯びているように見えた。


「寒い?」


「ううん。このマントのおかげで、暑いくらいだよ。それより、——どう?」


「よく似合ってるわよ」


 お世辞じゃない。ちびっこいジャック・オー・ランタンのどこか間の抜けた愛らしさは、みいの雰囲気と馴染んでいる。そこに『自分が選んだものだから』というささやかな自慢が含まれていたとしても、罰は当たらないと思う。


「みいはどんな髪型でも、やっぱり可愛いね」


「あ、あれぇ……。さっきからきょーちゃん、ちょっと変な感じ」


「そーかな?」


「うん。何かね、くすぐったくなる」


 ——ああ、もう。

 ずっと言えなかったくせに、素直になると決めた途端、際限なく込み上げてくる。

 たった一つの言葉だけでいい。今すぐに伝えたい。照れたように俯くみいを見つめながら、そんな焦燥に駆られそうになる。

 でも、もう少しだけカボチャの中にしまっていよう。久しぶりに訪れた二人っきりの時間を、その居心地良さを大事にしたいと思った。それは、私にとってのかけがえのない宝物だから。

 こんな気持ちになるのはきっと——。


「ハロウィンだからかな」


「そっかぁ。ハロウィンならしょーがない」


 気が付けば、夜空にくっきりと半月が輝いていた。その下にはきっと、包み込むような温かい日常が広がっているのだ。

 『そのとき』は、すぐ側まで来ているという予感がある。次のお祭りのときには、もう少し違う関係になっているかもしれない。差し当たっては——クリスマス。ちょっとは期待してもいいだろうか。ハロウィン効果が消えないうちに願を掛けておこうと、十月三十一日限定の夜空に思いを馳せる。


「今度さ、ハロウィンじゃないときに教えてね。あのときの、キスの意味」


「——へ?」


 ぼんっと。爆発音でもしそうな勢いで、みいの表情が染まる。

 してやったりなんて思っていると、ポケットからピロロンと着信音が鳴り響いた。


「うちに来るんなら、ついでに夕飯食べてく? ママがグラタン作り過ぎたって言ってる」


「う、うん!」


 草の上のカボチャを抱え上げる。

 ケーキ屋さんはまだ開いてるかな。早くもみいの喜ぶ顔が浮かんできて、つい口許が緩んでしまう。心なしか、手元のカボチャも楽しそうに見える。


「きょーちゃん、帰ろうー」


 一足先にカボチャを被っていたみいが、私に呼びかけてきた。

 疎らな街灯が照らす薄明かりを、みいと二人、お菓子でいっぱいのかごを揺らしながら歩く。

 遠いあの日のシルエットをなぞるように。




   ***おしまい***

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お祭り女とカボチャの約束 白湊ユキ @yuki_1117

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