金沢探訪記!
小鳥遊 慧
金沢探訪記!
俺は日本酒が好きだ。日本酒にあう肴が好きだ。正直「とりあえずビール」という文化が好きじゃない。だって、コースの場合、最初に出てくるの刺身じゃん。あわないじゃん。
そんな俺と趣味が合う同志三人で酒を飲みに来た時のことだった。ちなみに店は料理の方はまさに「酒の肴」というものしかないが、飲み物の方は全国47都道府県の地酒60種類飲み放題2500円というところだ。しかもいちいち店員を呼ばずに、店内の冷蔵庫から勝手に取り出していい。冷蔵庫の横には癇にできるところもある。セルフサービス万歳! 店員待ってる時間がもったいないぜ! ここは天国かな? これからこの店を俺達のホームとしよう。
それはともかく。そんな店で飲んでいた時のことだった。
「……のどぐろ食べたい」
顔が大分赤くなってきていた佐藤が唐突に言った。
「あーそろそろ季節やな。俺はカニも食べたいわー」
「……ブリも食べたい」
頷く鈴木に佐藤がさらに言葉を重ねた。
「のどぐろって何?」
どうやら話の流れとしては冬が旬の魚の類らしいというところまでは察しがついたが、聞いたことのない魚だった。
「……そういえば三島は関東出身だっけ? 確かむこうでは違う名前なんだよ。ええと……忘れたけど」
「ふぅん?」
「あー、そういえば、金沢って回転寿司でもこっちの寿司屋よりめっちゃ美味しいらしいで」
え、いいな。回転寿司でもそんなに美味しいのか。
「……金沢は酒どころでもあるよね」
それもなかなかいいな。初冬の今、ちょうど新酒の出始める時期だ。
いいねいいねと俺と鈴木が頷いていると、とうとう顔が真っ赤なだけじゃなくて目の座っている佐藤が重々しく言った。
「……よし、金沢に行こう」
佐藤は言うだけ言って、壁にもたれて眠ってしまった。そんな佐藤を尻目に俺と鈴木はというと、
「来週末でいいだろ。ホテルどこに取る?」
「安いとこならどこでもええわ。あー、でも飲み屋街に近い所がええな。……この近江町市場って辺りが美味いみたいやから、この辺りにしよ」
額を突き合わせてそのままスマホでホテルの予約をしていた。酒の勢いって怖い。
* * * *
「いやあ美味しかったな、海鮮丼」
「酒も美味かったー、幸せ」
翌週、あの時の勢いは何だったんだろうなと言いつつ、幸いにも三人とも予定は空いていたので俺達は金沢に来ていた。ホテルに荷物を預けて、まずは近江町市場で昼食をとったところだ。
「……さて、次どうしようか?」
佐藤が聞いてくるが、俺だって話の流れのまま旅行に来ただけで、別に金沢のことなんかよく知らないのだ。
「えーっと、金沢の観光地っていえば……兼六園と21世紀美術館?」
ホテルを調べる時についでにサイトで見た気がする観光地をなんとか絞り出して言ってみたが、佐藤と鈴木の反応は予想通り芳しくない。
「興味ないわ、それ」
「……俺も」
「だよなー」
俺も庭と美術館なんて興味ない。佐藤はさらに観光自体そんなに興味がなかったらしく、
「……もうこのまま市場で買い物したり早くから開いてる飲み屋に入ったりでもいいんじゃない?」
なんて、あんまりにもあんまりな提案をしてきた。お前、金沢までわざわざ何しに来たんだよ。……まあ酒飲みにか。
「それやると、流石に潰れるだろ」
別に俺達酒は好きだが、
「ふっふっふ、どうせこうなると思ってちゃんと調べといたで!」
どや顔で鈴木がスマホをかざして来たので、二人で鈴木のスマホを覗き込む。
そこには『忍者寺(妙立寺)』の文字が。
忍者屋敷みたいなものか? どんでん返し、落とし穴、隠し通路みたいな? え、鈴木の発案にしてはちょっと面白そうなんだけど。
俺達がそう思ってるのが顔に出てたのか、鈴木は満足そうに頷いた。
「興味あるやろ。少なくとも庭と美術館よりは。ここ予約制やけどちゃんとしといたで。今から向かったらちょうどええわ」
「お前……意外と計画性とかあったんだな」
「もうちょっと普通に褒めるとかできひんの?」
「いや助かった」
かくして、俺達は忍者寺とやらに向かうこととなった。いやあ、面白そうだなあ。
* * * *
妙立寺、通称忍者寺。別に忍者とは何の関係もないらしいのだが、金沢城の防御機能の一環として滅茶苦茶複雑な構造で作った寺らしい。当時は幕府の命令で二階建ての建物までしか建てれなかったので、外から見ると二階建てに見えるけど、中では四階七層という複雑な構造になっているとのことだ。一番上には物見台まである。
そんな説明を入ってすぐの部屋でされて、その後は十人ずつのグループに分かれてガイドさんに従って寺の中を回りながら話を聞いていく。いやあ、案内なかったら絶対中で迷った。なんなら出れなくなったかもしれない。中はもう初っ端から度肝を抜かれることばかりだ。
まずは説明を聞いていた部屋にある賽銭箱を見せられる。まあ寺だから賽銭箱ぐらいあるだろうと思っていた。
「床に埋め込まれてる賽銭箱って珍しいな」
「というかでかい。深い。これ二メートルくらいあるんちゃう? 賽銭集めんのも大変そうやな」
「……それ、落とし穴らしいよ」
「え」
賽銭箱なので、当然入口すぐである。入口入ってすぐのところに賽銭箱風の落とし穴。えぐい。
落とし穴はここだけではない。後にも床板を外すと落とし穴になっているところもあった。しかもそこは下に下男が待ち伏せしているという。えぐい。いや、こんなのえぐくないと意味がないのは分かってるが。
「お、また床から階段が出て来た」
隠し階段多すぎる。今度は外に出るための階段らしい。
「……中庭に井戸があるね」
「本当だな」
窓から見下ろすと小さな中庭があって、そこにぽつんと庭がある。ガイド曰く、複雑な寺の中からでもこの中庭にはすぐに出れる導線があり……
「え、まじでこの井戸隠し通路なんや」
「伝説だけどな、伝説」
「誰も調べたことないからやろ。俺調べてみたいわあ」
金沢城まで隠し通路がつながっているという伝説があるらしい。ロマン。こういう伝説の大好きな鈴木が大喜びしてた。しかし、既に自分が入口から見てどのあたりにいるのかも分からなくなってきてるんだけど、本当にどの部屋からも中庭に出れるのか?
「おお、こういうの見たかったんだよな」
思わず声を上げたのは武者溜まりの間で見た押入れのように見せかけた階段と隣室へつながる襖、障子の向こうに螺旋階段、床の間には本堂への抜け道。隠し通路満載である。床の間の隠し通路ってよくない? 俺は好きだ。
そのうち一つの押入れに見せかけた階段を上っていくと、階段の途中に部屋があった。
「なんやここ」
鈴木が足を踏み込もうとしたが慌てたガイドさんに止められた。曰く片どんでん返しになっていて、内側からは開かない仕掛けになってるらしい。
「怖っ、俺閉じ込められるところやったやんか!」
しかし何でそんな構造に? と思っていたらガイドさんの説明が続く。
……この部屋、切腹の間と言うらしく、もうどうしようもなくなったらこの部屋で切腹して寺に火を放つらしい。
「いやあ権力なんか持つもんちゃうな」
「俺も庶民でいいわ」
「……殿様やるのも大変だね」
一応使われたことはないらしい(そりゃあそうだ。使われてたらこの寺は燃えて消えている)が、うすら寒い物を感じながら俺達はガイドさんに従って粛々と残りの階段を上っていった。
階段を上っていった先にあったのは、茶室とその準備室と何故か太鼓橋。
今までの物々しい空間と違っていきなり風流なものが出てきてびっくりした。天井の作りなんかも凝ってるし。本来は幕府の命令上は作れない三階にあるので隠し階段を通らないと来れないわけだけど……。
「この部屋無駄に凝ってんな」
「しかもないことにしとかなきゃいけない部屋ってことだから、大々的に客をもてなす用じゃないだろ」
「……うん、すごく内輪に楽しむためのものだよね」
「趣味じゃん! 完全に趣味じゃん!」
そんなほとんどの人が通せないようなところにある茶室とか完全にすっごい仲いい人と楽しむためだけのものじゃん。
「ええなあ金持ち。建物に金かけれるのってめっちゃ羨ましいねんけど」
「ほんとそれ」
さっきの切腹の間から掌を返す俺達なのであった。
茶室には階段があって四階まで登れるらしいが、今は公開されてないので俺達は再びどこを通ってるか分からないながらもぐるぐると回って下へと降りていく。ようやく寺の入り口まで戻って外から見ると、やっぱり二階建てにしか見えない。ここが実は四階建てで部屋が23、階段が29だなんて……なんだか狐にでも化かされたような気分になった。
* * * *
昨日は寺に行った後は目の前の団子屋で団子を食べた後、ホテルの近くでしこたま飲んで、今日はゆっくり起きてきてお土産を買い、帰路に就いた。結局ほとんど観光しないで食べたり飲んだりばっかりだった一泊二日だったが……。
「……俺、酒も肴も美味かったんだけど、実は忍者寺が一番面白かった。鈴木の癖に……なんか悔しい。酒飲みに来たのに。のどぐろ美味しかったけど……」
帰りの電車でビールを飲みながら佐藤がぼやいた。
「分かる。鈴木のおすすめの癖に忍者寺面白かった。酒も美味かったけど……金沢の酒俺好きだわ。いっぱい買い込んでしまった」
「……何でそんな俺ディスられてんの?」
「褒めてんだよ」
そう言っておつまみの袋を鈴木に差し出す。
いやでも本当にあの寺面白かった。一時間にも満たなかったけど堪能した。
鈴木はぼりぼりとおつまみを頬張りながら満足げに言った。
「確かに酒飲みに来たはざずやってんけどな。……忍者寺やし、これぞまさしくどんでん返しっちゅうわけやな」
了
金沢探訪記! 小鳥遊 慧 @takanashi-kei
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