どんでんどんでんどんでん

楸 茉夕

どんでんどんでんどんでん

「はー、忙しい忙しい」

 トリさんは書類を抱えて飛んでいた。姿を想像してはいけない。一体どういう仕組みで飛んでいるのか、飛行の概念が崩れる恐れがある。

「あっ、トリさん!」

 トリさんを見つけた少年は声を上げる。トリさんは一瞬だけ彼に目を向けた。

「やあカタリィ、お疲れ様。ではまた」

「待ってよトリさん!」

 少年は飛び去ろうとしたトリさんの尾羽を掴まえた。トリさんはたまらず仰反り、書類を落としてしまう。

「うわっ! 危ないじゃないかカタリィ!」

「ごめんよトリさん。でも、僕の話を聞いてほしいんだ」

「忙しいんだよ。後にしてくれる?」

「それでね、トリさん」

「君は人の話を聞かないね。僕はトリだけどね」

 トリさんは呟きながら、ぶちまけてしまった書類を拾い集めた。少年もそれを手伝いながら話し始める。

「トリさんは、どんでん返しって知ってるかい?」

「うん。忍者屋敷なんかにある、壁が回る仕掛けのことだろう?」

「それは本物のどんでん返しさ。僕が言ってるのは物語の手法としてのどんでん返しさ」

「それがどうかしたのかい」

「最後のお題が、どんでん返しなんだよ」

「最後の? ああ、カクヨム4周年のあれかい?」

「うん。とんでもないと思わないかい?」

「何が?」

 トリさんが書類を揃えながらトリらしく首を傾げると、少年は大仰な仕草で天を仰いだ。

「だって、お題がどんでん返しだよ⁉︎ 読む方は、そりゃあどんでん返しを期待して読むよね。そんなやりづらいどんでん返しってある⁉︎」

「おっと運営の悪口はそこまでだ」

「別に運営の皆さんをディスってるわけじゃないよ。いつも運営管理ありがとうございます。お世話になってます」

 言いながら少年は、あらぬ方向へ生真面目に頭を下げた。トリさんは、編集部はそっちはないのになあと思ったが、口には出さないでおいた。トリさんなりの優しさだ。

「それで、カタリィは何が不満なんだい」

「不満じゃないけど、ちょっと疑問に思ったのさ。お題がどんでん返しなんだから、読み手はどんでん返しを期待して読むわけじゃない? どんでん返しなんて、どれだけそうと気付かせないでひっくり返すかが仕掛けの肝なんじゃないのかい? 最初からどんでん返しがくるぞ、すぐくるぞ、ほらくるぞ、と思って読まれては、どんなどんでん返しも面白さ半減なんじゃないかい」

「そんなこと言われても……お題はお題だから、どう解釈するかは書き手の自由さ。現にこれの作者もこんなの書いてるわけだしさ」

「もうメタの上にメタ発言で、いっそジャンルをSFにした方がいいんじゃないのかいトリさん。そもそもこれは現代ドラマでいいのかい? ファンタジーじゃないかい? トリが喋ってるし。いつもこの作者はジャンル不明ターゲット不明で居場所がないよね」

「だから、僕に言われても」

 書類を抱え直したトリさんは、トリさんに眉があったら、困っているだろうなあというような顔をした。話が長いなあ、早くこの書類を届けたいなあ、という顔にも見える。

「そんなわけだから、僕なりのどんでん返しを考えてみたんだ」

「へえそりゃ美味しそうだ。じゃあ僕はこれで」

 いい加減面倒になったらトリさんは、適当に聞き流して飛び立とうとした。少年の顔から表情が消え、握りしめた拳を振りかぶった。驚いたトリさんはその場を飛び退く。

「カタリィ⁉︎」

「おらぁ!」

 少年は彼に似合わない気合いと共に拳を振り下ろした。そこには何もなかったが、ガラスが割れるような音がして、虚空にヒビが走っていく。

「何をするんだ、カタリィ!」

「フ……」

 薄く笑った少年は、ひび割れる空間を眺めながら前髪をかき上げた。顎を上げると帽子が落ちる。

 シャリン、とやけに澄んだ音を立てて世界が割れる。光を反射しながら砕けた世界が降り注いだ。

 少年は壊れかけた世界を睥睨する。

「いつから僕がカタリィだと錯覚していた?」

「うるせぇよ」

 トリさんは全力の飛び蹴りを少年の横顔に叩き込んだ。少年は格好いいポーズのまま真横に吹っ飛び、肩から地面に落ちる。

 チッ、とトリさんは舌打ちをした。

「パクりの上にパクりじゃねーかハゲ。謝れ。全方向に謝れ」

「酷いよトリさん! そんなに口が悪いトリさん初めてだ! びっくりだよ!」

 吹っ飛んだ距離の割には大したダメージもなかったようで、少年は元気に跳ね起きた。砕けた世界も元に戻る。

「ちょっと格好つけたかっただけなのに……あと僕ハゲてないよ」

「将来ハゲるかもしれねぇだろ。もう行くからな。二度とくっっっっだらねぇことで呼び止めんじゃねえぞクソ虫が」

「さすがに酷くない? そこまで言われるほどのことかな?」

 もう少年の話は聞かず、トリさんは飛び立って行った。その姿を見送り、少年は唇だけで笑んだ。そうするととても酷薄そうに見える。

「じゃあ、僕がカタリィってことでいいんだね」



 了

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どんでんどんでんどんでん 楸 茉夕 @nell_nell

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