ワイドショー

 二ヶ月半前に起きた殺人事件と似た手口で新たな被害者が出た。

 連続通り魔殺人では、と巷には緊張が走っていた。

 どの局のワイドショーでも犯人像の絞り込みに躍起となっている。


 午後の休憩を社員食堂で過ごしている二人の女の前にも、液晶テレビに映し出されたワイドショーが流れている。

 画面の中では司会の男が局の男性アナウンサーに説明を求めていた。


『一人目の被害者は水沢翔太さん、三十二歳です。一人暮らしで建築資材の販売会社に勤務、営業担当をされていました』


 画面の中でフリップを指し示しながら話を続ける。


『事件が起きたのは八月二十五日、日付が変わって間もない頃と思われます。人通りの少ないところだったので、早朝になってから新聞配達員の方に変わり果てた姿で発見されました』

『発見された配達員の方も驚いたでしょうねぇ』


 司会者が口をはさむ。


『そして一昨日のやはり深夜、零時から三時ごろに犯行が行われたのではないかと言われていますが、二人目の被害者が坂本一樹さん、二十六歳。やはり一人暮らしで、コンビニでの勤務を終えて帰宅途中に襲われたものとみられています』


 フリップに貼られた二人の被害者の顔写真がアップになって映し出された。


「これって山瀬さんの住んでいる近くの事件なんですよね?」


 社員食堂のテーブルに座り、画面に目を向けたまま隣の女に尋ねた。


「そうだよ」

「怖くないですか」

「うーん。帰りが遅くなったときは遠くの人影にも注意するようにしてるけどね」


 山瀬は右手に持ったコーヒーの紙カップを口元に運んだ。

 画面の中では犯行場所を地図に示し、付近の駅や小学校、幼稚園などとの位置関係を説明している。


「これってよく見るけれど、駅はともかく、小学校や幼稚園の位置って関係ないですよね」

「でもさ、こういう通り魔的な犯行だと『近くに犯人が潜んでいて、子どもたちに危害が加えられるかもしれない』っていう恐怖感をあおるために必要なんじゃない?」


 どうやら後輩らしき女に、山瀬は冷めた口調でこたえた。


『今回の事件、北村さんはどうお考えですか』


 ワイドショーの司会者が、元 警視庁捜査一課と肩書の入った老人に話を向ける。


『今回の事件は犯行現場が二キロと離れていない場所であり、鋭利な刃物で胸を刺されている手口からも同一犯人とみて間違いありません』

『どういった犯人像が考えられますか』

『被害者のお二人はいずれも身長が百七十センチ以上あります。華奢なタイプではないということですから、そういった男性に対し胸を刺すという行為は簡単には出来ません。

 通り魔殺人の場合、女性や老人などの弱者を狙ったり、すれ違いざまに首を切りつけるといった、自分が有利な状況での犯行が多いのですが、今回の犯人は自らの力を誇示するかのように犯行を重ねています。

 おそらく格闘などの心得があり、体格もがっちりした男ではないかと思います』

『なるほどぉ。いずれにしろ、警察の捜査が進展することを期待しましょう』


 司会者が話をまとめたところで、二人の女も席を立ち仕事へと戻っていった。



 午後三時になろうかという時間帯、町の中華屋には客の姿はほとんどない。

 壁の隅に吊るされたテレビに視線を向けていたのは、このテーブルに座った四人の男たちだけだった。

 遅い昼食なのか、テーブルの上にはラーメンに炒飯といったおなじみの品が並んでいる。


「ワイドショーって、いつも勝手なことばかり言ってますよね」


 四人の中でいちばん若い男が不満そうにつぶやいた。

 隣に座っている目つきの鋭い男が横を向いて、意外なほどやさしい口調で言葉をかける。


「神崎の気持ちもわかるけどな、あちらだって仕事なんだ。仕方ないさ」

「あの件はまだマスコミに流していないんですか?」

「犯人しか知りえないことだからな。起訴のときに重要となるから伏せたままだろう」


 二人の対面に座っていた初老の男はラーメンをすすりながら、ぼそっとつぶやいた。


「昨夜、高橋の言っていたこと。今朝、ハンチョウに話しておいたぞ」

「ホントですか! ありがとうございます」


 高橋は箸をおき、隣に向き直って頭を下げた。


「飯田課長、どうでした?」

「興味を持ってくれた。長沼管理官へ話を上げてくれるそうだ」


 よしっ! と声を出して高橋は右拳を握りしめた。

 そのあと四人の男たちは黙ったまま急いで食事を終わらせた。

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