第26話
「やっぱり警備が厳しくなってるな」
周囲に乱立する木々に身を隠すようにして、ふたりは増員された魔法騎士の魔の手からなんとか逃れていた。レオルスがリアナの脱走を画策したことはすでに魔法騎士の間で共有されており、無数の目がこのまま脱走させまいと目を光らせている。
「すみません……私のせいで」
木々に背を預けて荒れた息を整えながら、申し訳なさそうにリアナがぽつりと口にする。
「いや、そもそもは黙っていた俺が悪い。リアナはなにも悪くない。むしろ被害者だ。俺がもっと早く打ち明けていれば……」
たらればを言い出したらきりがないが、もっと他の最善の選択もあったのではないかと思ってしまう。だが、全ては過去のこと。それをいつまでも引きずって現状に支障を来してしまったら、なんのための後悔か分からない。次をより良くするために後悔があるのなら、せめてこれから行うことには後悔したくない。そのためにリアナを連れてここにいるのだ。
「リアナのことは俺が絶対に錬金工房まで送り届ける。だから、心配するな」
気持ちを落ち込ませるリアナを元気付けようと、彼女の目を真っ直ぐに見てレオルスは力強く言う。そもそもリアナに非は一切ない。
「ありがとうございます。でも、錬金工房は大丈夫なんでしょうか……」
一瞬、健気に笑ってみせるも、すぐにリアナは顔を俯かせてしまう。彼女は今、罪人として追われている。錬金工房は彼女にとって自分と母親がかけがえのない日々を過ごした場所だ。仕事場である錬金工房に魔法騎士団の捜査の手が伸びていると考えるのはごく自然なことだ。
「それなら心配しなくていい。みんなが守ってくれている」
「みんなが……?」
レオルスを見つめるリアナの目はどこか疑り深い。今回の一件で今まで自分の味方をしてきてくれた街の人が敵になってしまっているのではないかと、心のどこかで不安に思っているのだろう。
「そう。リアナが錬金術で繋いできた『絆』は簡単に崩れるような脆いものじゃないだろう?」
リアナのもとに師事してから短い間とはいえ、リアナ――いや、母親の代から大切に育んできた多くの絆を目にしてきた。それらは決してひとりの男の下らない姦計などで崩壊してしまうほど弱くはないと、断言できる。
「そう……ですよね。私が弱気になってちゃダメですよね」
「例の奇病に対する特効薬の材料集めと調合と、やることは山積みだ。だから、絶対に一緒に帰ろう」
「――はい」
ようやっとリアナは笑ってくれた。やはり彼女は落ち込んでいる顔よりも、天真爛漫に笑っていてくれるほうがよく似合う。
「やっと良い感じに人が少なくなってきたな。一気に出口まで行こう」
リアナと会話をしつつ、レオルスは周囲を窺っていた。ちょうど話を終えたところで出口付近の魔法騎士がいなくなった。収監所は周囲を塀で囲われている。脱走するために一カ所しかない出口を通らないと外には出られない。
「レオルスさんのタイミングで合図してください。私はそれに合わせます」
この辺りには隠れていないと判断したのか、魔法騎士は次のエリアに移動し始めていく。隙を衝くなら今しかない。
「――行くぞ!」
レオルスの声を皮切りにふたりは林から一気に駆け出していく。一度だけ振り向いてリアナが付いて来ているか確認にしたあと、レオルスは出口付近を注視する。まだ誰も来ていない。チャンスだ。リアナも力の限り走って付いて来てくれている。このまま行けば――。
「――逃げ切れる、とでも思っているのか」
突如真横から迫り来る殺気に反応して、レオルスは無意識に剣を抜いていた。どこからともなく現れた青白い光波がレオルスに迫る。とっさに抜いた剣で攻撃を受け止める。余波が衝撃として全身を駆け巡る。光波が霧散して青い燐光が飛び散った。
「さっきはよくも嵌めてくれたな」
煌々と蒼い輝きを放つ特大剣を軽々と担ぎ上げながら、グラエムがこちらに向かって歩いてくる。その歩く様は悠然としていながらも、どこか怒りのようなものを感じさせ、彼の持つ特大剣は内なる激情を表すように青い燐光をバチバチと弾かせていた。
「もう少しだったのに……」
リアナが自分の後ろに隠れたことを気配で感じ取る。
「ふたりの逃避行の邪魔をしてすまないな」
ほんの少しもそんなことを思っていない口調で言って、グラエムは口許に笑みを浮かべる。
「リアナだけでも行け。ここを道なりに行けば街に着ける」
せっかくここまで来て立ち止まることなどできない。小声でひとりだけでも逃げるようリアナにうながす。
「で、でも……」
渋るリアナ。無理もない。ついさきほど、一緒に帰ろうと約束したばかりなのだ。自分だけ逃げることに抵抗がないわけがない。
「早く!」
時間稼ぎに使えると思って、持っていた道具を半ば強引気味にリアナに手渡す。
「街を奇病から救うにはリアナが必要なんだ。俺も必ず戻る。だから、少しだけ先に戻っていてくれ」
「……分かりました。絶対に帰ってきてくださいね」
レオルスの真剣な目を見て、一瞬だけ逡巡しながらもリアナは納得する。道具を彼から受け取る代わりにリアナはレオルスと約束を交わす。それが絶対に叶うと信じて、リアナは迷うことなく、彼の行った道の進んで去っていく。
「追わなくていいのか?」
「今すぐにでも追いたいですが……、どうせ追わせてなんてくれないんでしょう」
道を塞ぐように立ち剣を構える。何人たりともこれより先には通さない。あんな約束をしてしまったが、実際のところ無事に帰れるとは思っていない。ここを無傷で切り抜けられるほど、目の前の魔法騎士は甘くはない。最悪でもリアナさえ無事に帰すことができれば、街に蔓延る奇病をなんとかできるはずだ。
「解せんな。どうしてそこまであの小娘に固執する? たかだか数週間、一緒にいただけだろう。それも身分を偽って」
相手の神経を逆撫でするような言い方は相変わらずだ。最後の部分をことさら強調する辺り、人の嘲ることには抜かりがない。
「あなたの言う、そのたかだか数週間で、俺は彼女の色々なものを見てきました。彼女の周りのこと、錬金術のこと、そして――彼女が今まで背負ってきたものことを」
思えば、リアナにかつての自分を重ねていたのかもしれない。母親に憧れ、目指す存在に少しでも近づこうとする姿は、父親のような魔法騎士になりたいと思った幼き日の自分とよく似ていた。
「目標とするものに向かってたとえ迷いながらでも進もうとする彼女の姿に、俺も思い出したんです。自分の準ずるべき『正義』はなんなのか――と。俺はその正義を全うしたいと思った、ただそれだけです」
「そのために魔法騎士の身分を捨てるいうわけか」
「地位や肩書きなんていう下らないものより、もっと単純で大切なことの存在に気づいただけのことです」
そもそも、これはそれほど複雑な話ではない。目の前で今まさに罠に掛かりかけている少女がいたとして、それを助けるか否か。それだけの話だ。そして、その答えなど初めから決まっていた。その答えに気づくのにずいぶんと時間がかかってしまったが、一度気づけばあとは迷う必要などない。守るべきもののために剣を握るだけだ。
「……そうかそうか。安心したよ」
レオルスの信念に基づいた答えを聞いて、グラエムは不吉に笑う。
「なにがおかしいんだ?」
「いや、別に馬鹿にしたわけじゃない。ただ、こちらとしてもそのほうが都合が良いと思ってな」
グラエムの持つ特大剣が輝きを増した気がした。
「仮にも私はレクツェイアの魔法騎士団を預かる身なのでね。その私がまだ魔法騎士でいるつもりのある者を処罰したとあっては、逆に私が処罰を受けかねないからね」
その言外に漂う不穏さがレオルスの思考を完全に戦闘状態に切り替えさせる。
「魔法騎士の肩書きを捨てる覚悟があるのなら、今から君はただの一般人だ。――魔法騎士団に刃向かう咎人だ」
一瞬だった。瞬きをする程度の刹那にグラエムは一気に加速した。それに気づいた頃にはすでに刃は肉薄し、ふたつの刃が激しくぶつかった。
「くっ……!」
不完全な体勢で刃を受け止めたせいで後退を余儀なくされた。マナが収束して大きさを増した剣の一撃は生半可なものではなく、受け止めたときの衝撃で指先が痺れる。
「いい反応だ。士官学校を首席で卒業しているのは伊達ではないな」
グラエムは珍しく本当に感心したように口角を上げる。
(なんていう威力と速さなんだ……)
感心するグラエムとは対照的にレオルスは圧倒的なまでの実力差を痛感し、焦りの色を露わにしていた。伊達にという言葉は自分なんかより、むしろあんな高速の攻勢を展開できる目の前の男にこそ相応しい。全くと言っていいほど衰えを感じさせない戦闘能力は、長い間レクツェイアの魔法騎士団を預かってきただけのことはある。あと少しでも反応が遅れていたら、一瞬で勝負は決まっていた。
「最近は執務ばかりで身体が鈍っていてな。これでも全盛期の半分というところかな」
レオルスは改めて、グラエムが規格外であることを認識する。結果としてリアナだけを先に逃がしたのは正解だったかもしれない。彼女を庇いながら、目の前の男と渡り合うのは無理に等しい。士官学校で実技訓練に付き合ってくれた教官とは比にならない。全くの別次元。比べるだけ時間の無駄だ。
「少しは楽しませてくれよ」
グラエムは一瞬だけ不敵に笑うと、再びにレオルスに迫る。縮んでいたバネが跳ねるようにその速さは相変わらず反則的だ。
だが、こちらとて同じ轍を踏むつもりはない。全身にマナを行き渡らせるイメージで身体能力を底上げする。出し惜しみをして勝てるような相手ではない。
「ハァアアアア!」
受け止めることはせず、振り下ろされた特大剣を回避する。砕かれた石畳の破片が頬を掠めるが、構わずグラエムのがら空きになった脇腹を狙う。
「遅い!」
本来なら取り回しの悪いはずの特大剣を手足のように捌いて、グラエムはレオルスの攻撃を迎え撃つ。
剣同士の激しくぶつかり合う音が木霊する。戦闘経験もマナの扱いも全てにおいて優位なのはグラエムのほうだ。その差を覆せるのは隙を衝くくらいなのだが、その隙すらも圧倒的な反応速度で対応されてしまう。
「くそっ!」
ままならない現実に悪態をつく。
「さっきまでの威勢はどうした!」
年老いているとは思えない膂力はレオルスの刃を軽々と受け止める。指先を痺れさせたレオルスとは正反対だ。あの反応速度に膂力はもはや理不尽な暴力だ。
(化け物かよ……)
埒が明かないと判断したレオルスはいったん距離を取る。このまま打ち合ったところで力負けするのは目に見えている以上、接近戦は好ましくない。マナを打ち出す遠距離からの攻撃に切り替えたほうがいい。
「今度は遠距離からか」
レオルスの一挙手一投足を観察するようなその言い草は、グラエムの中にある自身の勝利が揺らぐことはないという気持ちを表しているかのようだ。
「こっちだって、やられっぱなしじゃないんだよっ!」
剣にマナを収束させて解き放つ。複数の三日月状の青い衝撃波がグラエムに飛来する。
「甘い!」
グラエムの特大剣がさらに青みを増す。深海のような濃い青はさらにマナが剣に集まったことを意味している。それで今度はいったいなにをするというのか。
「かき消せ!」
飛来する三日月の衝撃波に合わせるように特大剣を地面に叩き付ける。バチバチと青白い稲妻の閃きが衝撃波をかき消す。落雷のような衝撃が大気を震わせた。
「まだまだ!」
効果なしと判断して、さらに弾幕を濃くする。もしグラエムに隙が生まれるとすれば、マナが枯渇する瞬間だ。魔法の行使とマナを取り込む行為は両立させることができない。ゆえにいかに隙のないグラエムでも、肝心なマナが枯渇してしまえば攻撃の手を緩めざるを得ない。こちらとてマナに余裕があるわけではないが、勝機があるとすればそこしかない。
「小賢しいことを」
いい加減代わり映えしない攻撃方法に辟易したのか、グラエムは勝負を決めるべくレオルスを仕留めにかかる。
距離を詰められるのを拒否したいレオルスは後ろに大きくバックステップをするが、それ上回るスピードでグラエムが迫ってくる。
「守るなどと大口を叩くから、どれほどのものかと期待していたが……」
それより先は行動で示したほうが早いとばかりに特大剣がレオルスを襲う。速度で負けている以上、刃から逃れることはできず、受け止めることを選択する――がそれが誤りだった。
真下から迫り来る刃はレオルスの剣を易々と彼の手から上空へと弾き飛ばす。防御の手立てを失ったレオルスの身体に強烈な一撃が叩き込まれる。
「ぐはっ!?」
一瞬息ができなくなって、レオルスの身体は地面を何回かバウンドして止まる。とっさに直撃する寸前でマナを集中させ致命傷になるのは防げたが、それでもダメージは深刻なものだった。身体が鉛のように重く感じるのはそのせいだろう。
飛ばされたレオルスの剣は上空で月光を反射し、一瞬だけきらめいてみせて、地面に落下し無機質な音を立てた。
「それにしても、あの小娘もなかなかに数奇なものだな。かつて母親を奪った者に今度は救われようとしている」
(奪った……?)
遠のきそうになる意識をその一言が繋ぎ止めた。
聞き捨てならない。リアナの母親は流行り病でなくなったのではなかったか。彼女の口からは確かにそう聞いたし、わざわざ自分に嘘を言う理由もない。
「どういう……ことだ? リアナの母親は流行り病でなくなったんじゃ……」
レオルスの口から発せられた純粋な疑問を聞いて、グラエムは一瞬驚いたような顔をしたあと、哄笑した。
「まさか、まだ母親が流行り病でなくなったと思っていたのか。ここまで人を疑わないとなると、呆れを通り越して感心すらしたくなるな」
おかしくて堪らないというようなグラエムの笑いが響く。
「説明しろ!」
リアナが病で亡くなったと思っていた母親の死について、目の前の男は確実になにかを知っている。もし関与していたとすれば、なんとしてでも聞き出さなければならない。
「まだそんな口を利ける元気があったか。……まあ、ここには私と君しかいないしな。冥土の土産に教えてやろう」
人の気配を確認するように周囲を一瞥してから、グラエムは話し始める。
「小娘から話を聞いてなにも疑問に思わなかったのか? 言っただろう、あの錬金工房とは昔から……母親の代から話し合いを続けているのだよ」
思考をまとめ上げようと頭を回転させるが、今も全身を苛む痛みが邪魔をする。もう少しでなにかを掴めそうなのに、あと一歩のところで手が届かないのがもどかしい。
「その状態では思い至らないか。なら、もう少しヒントをやろう」
そんなレオルスの状況を察したように、グラエムは情報を小出しする。
「――土地の話し合いと母親が流行り病で倒れたのが偶然なわけないだろう?」
「まさか……」
点と点が繋がって嫌な結論が頭の中で浮かび上がる。錬金工房のある一帯を巡ってリアナの母親の頃から魔法騎士団と話し合いが続いていた。工場地帯を拡大したい魔法騎士団にとって錬金工房は邪魔な存在で、排除したいと考えるのは自然なことだ。
だとすれば。
「母親を消せば娘も素直に土地を渡してくれると思っていたんだがな。そればかりは計算外だったよ。あのとき一緒に消しておくべきだった」
確信した。リアナが今回無実の罪で連行されたのが計画の始まりではない。その前から、母親が病床に伏したときからこの卑劣な計画は動き出していたのだ。リアナの母親は病で偶然亡くなったのではない。全て目の前の男の身勝手な奸計によって命を落としたのだ。いや――奪われたのだ。
「じゃあ流行り病っていうのは……」
「そんな都合よく罹患するわけないだろう。医者に根回ししておけば、死因なんていくらでも偽装できる」
立て板に水のごとくグラエムの口から出てくる真実の数々に、レオルスは全身が少しずつ熱を帯びていくのが分かった。一片たりとも反省の色が見えないその口振りは、まるで自分の行い全てが正しいとでも言いたげだ。
「今度こそ折れると思っていたんだがな。君を口実に罪をでっち上げるまでは良かったが、もっと他の魔法騎士を送り込むべきだった。まあ、だが最低限の役目を果たしてくれた君には感謝しているよ」
脳裏に連行されていくときのリアナの涙が蘇る。こんな非人道的な奸計の片棒を担がされていたのかと思うと、自分で自分が許せなくなる。だが、自分を罰するのはあとだ。彼女があのとき味わった悲しみと絶望はきっと自分の何倍も深く濃い。こんなふざけた計画は今ここで終わらせなければならない。
「騎士団長――いや、今のあんたには騎士団長どころか魔法騎士を名乗る資格なんてない! あんたもあんたの下らない計画も、全部ここで終わらせる!」
身体に鞭を打ち立ち上がる。リアナの領分が錬金術なら、自分の領分は魔法騎士だ。魔法騎士が犯した罪は魔法騎士が片を付ける。
「雄弁だな。だが、その身体であとどれだけ戦える? 君とて、私との実力差を理解しているだろう?」
嘲るような口振りは相変わらずだ。そもそも自分の計画をばらしたのも絶対に負けないという自負があったからだろう。いくら気持ちが高ぶっていようとも、そこまで頭の回らないほど悠長な男ではない。
「君は地位や肩書きを下らないものと切り捨てたが、結局のところ物言うのはそれらに付随する権力なのだよ。仮に今の話をしたところでどれだけの人間が信じるというのだ。味方をするというのだ。身の程を弁えろ。君もあの小娘も」
身の程などとっくに弁えている。自分もリアナも力ある者に踊らされる側の一介の人間にすぎないことぐらい。
だが、それがなんだというのだ。無念や悔恨を背負ってでもかつて憧れた母親の姿を目指し走り続ける彼女のように、自分もまた魔法騎士の父親に憧れた。その憧れた姿は目の前にいる魔法騎士のような醜いものではなく、もっと気高く勇猛だった。それに憧れたのだ。
だから立ち上がる。思考を止めるな。
(どうすればいい……。どうすれば勝てる……?)
実際のところ余裕がないのは確かだ。今だって立っているのがやっとの状態だ。このまま戦いを続けたところで先に力尽きるのはこちらのほうだろう。勝てる可能性はまずない。そこまで考えてレオルスはハッとする。
(そうか……、勝つことはできなくても、相打ちなら……)
今まではグラエムに勝利しリアナにもとに戻ることまでを想定して、どうやって立ち回るかを考えていた。だが、極論をいえばリアナが無事でグラエムさえどうにかできれば、奇病も解決し、リアナも街も救われる。彼女が無実だということも、街のみんなが証人になってくれるはずだ。自分の状態さえ考慮しなければそれが可能なのだ。
(やるしかない……)
自爆覚悟の特攻なら、ひとつだけグラエムに勝利できるかもしれない一手がある。それは許容量以上のマナを体内に吸収すること。魔法騎士は大気から吸気を通じてマナを体内に取り入れるが、その際生命に危機が及ばないよう身体が無意識のうちに調整を行っている。その安全装置を取っ払ってしまえば、一度に大量のマナを取り入れることができる。
(悪いなリアナ。約束は……守れそうもない)
この場に彼女がいなくて本当に良かったと思う。もしいればきっと止める。そんなふうに確信を以て思えたことが少しだけ心地よかった。そう直感で思えるくらい彼女と親しくなれたのだ。だから悔いはない。
「分かったなら、さっさと投降――」
眼前まで迫った白刃をグラエムはとっさに防ぐ。
「初速が上がっている……?」
グラエムは違和感を口にする。違和感はそれだけではない。
「一撃の重さも今までより強い」
神速でグラエムの視界からフェードアウトし、今までとは比にならない速度で白刃が舞う。嵐のように襲いかかる斬撃に対応しつつ、グラエムは思案するように口にする。そして、ひとつの結論に達する。
「リミッターを外したか」
魔法騎士として古参であるグラエムもその方法は知っていた。自分ではやろうとも思わないが、確かにそれなら絶対的だった能力差も埋めることができるかもしれない。
「グラエム!」
気迫とともにレオルスは特攻を仕掛ける。踏み込んだ足が石畳に亀裂を入れる。
許容量を超えたマナの負荷に身体が軋む。悲鳴を上げる。だが、そんなことは関係ない。打ち倒さねばならないのだ。たとえこの身を賭して今ここで――。
「来い! レオルス!」
覚悟を決めた様子のレオルスを見て、グラエムは今度こそ白刃ごと彼の反抗心を折るために全力で待ち構える。
月下に鮮血が舞った。
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