第25話

 リアナが捕らえられている場所は魔法騎士団レクツェイア支部の建物から離れた場所に位置していた。罪人を監禁する収監所は周囲が塀で囲われており、さらにその周囲を鬱蒼と生い茂る木々に囲まれており、まるで日常から隔絶されているようであった。そんな秘匿されている場所であるが、そこに至るまでの道程はすでに把握している。

 一部の人間しか立ち入ることを許可されていないエリアは警備も固く、同志と刃を交えることもあったが、なんとかここまで辿り着くことができた。そして、辿り着いた先にいたのはリアナと魔法騎士団レクツェイア支部において頂点に立つ初老の男――グラエムだ。

「お前もなかなかに諦めが悪いな」

 リアナが投獄されている牢屋の前にグラエムの姿はあった。レオルスが今もっとも恐れていることはリアナの身に危害が及ぶことだ。今回の連行を企てた首謀者は疑うまでもなく、レクツェイアの魔法騎士団を統べる者であるグラエムだ。それは奇病の情報収集をしていたときに遭遇した彼の思わせ振りな言い方からも断言できる。

「守りたいものを助けにきただけです」

 一点の曇りのない瞳がグラエムを射貫く。

「助ける? この状況でか?」

 グラエムは小馬鹿にするような声色で言う。騒ぎを聞き付けてきた魔法騎士がグラエムの後ろに控えている。

「レオルスさん……」

 リアナが心配そうな視線でこちらを見ているのが分かる。いっけんすれば多勢に無勢の状況だ。彼女が心配するのも無理はない。

「大人しく投降したほうが身のためだぞ。そうすれば、今回の反逆行為も目を瞑ってやる」

 鶴の一声さえあれば、一斉に魔法騎士はレオルスを取り押さえにかかるだろう。だが、こんなところで投降するようなら、初めから謀反など起こさない。こちらはもとより決死の覚悟できているのだ。

「いまさら投降するつもりなんて、さらさらないですよ」

「ほう? なら、どうするつもりなんだ」

 興味深そうにグラエムが尋ねる。その問いからは一切の負けるビジョンはないというような余裕がありありと感じられた。

「どうするって――こうするんだよッ!」

 レオルスは懐からひとつの小瓶を取り出すと同時にグラエムへ向かって放り投げる。

「舐められたものだな。そんなもので私を倒せると思ったか!」

 いったいどんな手を使ってくるのかと思った矢先のお世辞にも起死回生の一手とは思えない投擲。憤慨するようにグラエムは腰に携えた剣を引き抜くと同時にマナを込める。大量のマナを受けて細身の剣は重厚な大剣へと姿を変えた。グラエムは怒りのぶつけるように弧を描く小瓶に向かって大剣を振り下ろす――その瞬間。

「リアナ! 目を覆え!」

 小瓶の既視感とレオルスからの指示を受けて、リアナは無意識のうちに両手で目を覆っていた。

 直後、世界が発光する。

「ぐぁああああああああッ!?」

 白んでいく世界の中でグラエムを始めとした魔法騎士たちの悲鳴が木霊する。みな口々に目という単語を発した。

 次に世界が彩を取り戻したとき、この場の敵対する魔法騎士の全てが戦意を喪失していた。

「今だ。逃げるぞ、リアナ」

 リアナを少し後ろに下げて、レオルスはマナを込めた形見の剣で牢屋の鍵を粉砕する。

「……悪かった。あとで全部話す。だから、今は俺を信じてほしい」

 無言のまま見つめるリアナを見て、言い訳をすることもなく、レオルスはそれだけを口にする。

「必ず来てくれるって、信じてましたよ」

 だから、リアナも今の気持ちをシンプルに伝える。結局、飾り気のない真っ直ぐな言葉が一番よく相手に伝わるのだ。

「急ぐぞ」

「はい」

 短いやり取りを交わしてふたりは逃走を開始する。

「さっさと罪人どもを捕らえろ!」

 目は見えなくとも聞こえてくる音から察したグラエムが苛立ちを隠すこともなく、部下に指示を飛ばす。目眩ましから回復してきた魔法騎士が緩慢気味に動き出し始める。

 彼らが完全に動き出す前にレオルスはリアナを先導して脱出を開始した。

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