第24話
後頭部の鈍い痛みによってリアナの意識は覚醒した。
「いたた……」
後頭部を擦りながら周囲を見回す。目の前には鉄製の格子があって、周囲の壁や床は石で出来ているようでひんやりと冷たい。鉄格子の向こうの通路にも窓が一切ないことから、ここは地下なのだろうか。
後ろにさきほどまで横になっていた簡素な寝台がある。どうやらこの寝台から落ちて目を覚ましたらしい。
「そうだ。私……」
ぼんやりとした頭が徐々に思考を取り戻していき、リアナは思い出す。覚えている記憶から想像するに、ここはさしずめ魔法騎士団が保有する地下の牢獄といったところだろうか。無機質な色で埋め尽くされているこの空間は耳が痛いくらいに静かだ。
「こんなことになるとはなぁ……」
独りごちてため息をつく。事ここに至ってリアナは嵌められたと理解する。母親が亡くなる少し前から錬金工房のことについては何度か魔法騎士が訪れては話し合いが行われていた。リアナは同席することはなかったが、話はいつも平行線を辿っていた。母親の死後、めっきり来なくなったと思ったら、まさかこんな大胆な手を使ってくるとは。
「鍵は……開いているわけないか」
とりあえず試しに鉄格子の扉を動かしてみるが、当然といえば当然であるが開かない。今いる牢屋以外に部屋があるかはここから窺い知ることはできない。見張りと思しき人影は見えず、錬金術の知識がある以外は非力な少女だと思っているのだろうか。見張りがいないのなら、この扉さえどうにできれば逃げ出せそうだが、その扉をどうにかする手立てがない。使えそうな道具は錬金工房に置いてきたままだ。
「……私、これからどうなるのかな」
逃げ出すことを諦め、これまでのことを整理すると決めて寝台に腰をかける。ミシっと寝台が耳障りな音を立てた。
「私のこと、騙してたの……?」
考え初めて真っ先に浮かんだのは彼――レオルスのことだった。相変わらず、リアナの中にいる彼は答えてくれない。考えれば考えるほど、胸の奥がずきりと痛む。
魔法騎士に連行されていく最中、必死の形相で彼は駆け付けてきてくれた。だが、その直後に魔法騎士がかけた言葉によって、リアナの中にあった最後の希望は脆くも崩れ去った。
――ご苦労だった。
どれだけ贔屓目に見たとしても、レオルスが魔法騎士団の一員であることは事実として考えるほかない。思えば、レクツェイア森林で魔物と交戦したときも彼は類い希な戦闘力を発揮し魔物と対等に渡り合っていた。その戦闘センスや魔法が魔法騎士として培ってきたものと考えれば得心がいく。
もはやレオルスが魔法騎士であり、錬金工房に潜入をしていたことは疑いようがない。それでもリアナの中でなにかが引っかかっていた。ほんの些細な引っかかりだ。しかし、それが気になって仕方ない。
「あのとき、なにを言おうとしていたんだろう」
リアナは途中で口を噤んでしまったレオルスの言葉の続きがずっと気になっていた。間違いなくなにかを伝えようしていた。それがどんなことであるかは想像するしかないが、なにかとても大切なこと――そんな気がしていた。
「今までのことが全部嘘だったなんて……私は信じない」
あの日からずっとレオルスと一緒にいたからこそ分かる。彼の行動の全部が全部、自分を騙すためのものだったとは思えないのだ。それに錬金術のことを凄いと言ってくれた、その言葉を信じたい。母親が言っていた『繋がり』を信じたい。
だから、今は待ち続ける。彼ならきっと助けに来てくれるはずだ。それまでどのような目に遭おうとも折れずに無実を主張し続ける。今の自分にできることがあるとすれば、それくらいだろう。
「久しいな」
不意に意識の外側から聞こえてきた声にリアナは下に向いていた顔を上げる。鉄格子の向かいにいるのは魔法騎士だ。他の魔法騎士とは一線を画する身なりの良さは目の前の人物が、相応の地位に就いていることを容易に想像させる。
「あなたは……」
一瞬、脳内の記憶を漁って目の前の人物が誰かを思い出す。確かまだ母親が生きていた頃に一度だけ錬金工房に尋ねてきたことがあったような気がする。その記憶が正しければ、目の前の魔法騎士はかなり地位が高いはずだ。
「こんなことして、どうするつもりなんですか?」
鉄格子を挟んでリアナは魔法騎士と対峙する。仮にも魔法騎士団は街の秩序を保つ存在だ。その組織の一員が無実の人間を冤罪で連行するなど本来はあってはならないことだ。
「私はやましいことはなにもしていません。無実です」
リアナは鉄格子を握り締め、毅然として立ち向かう。
「存外、まだ反抗する程度の気力はあるみたいだな」
面白くなさそうに魔法騎士は鼻を鳴らす。
「レオルスさんがきっと助けに来てくれますから」
希望を信じる瞳がそこにはあった。
「あの小僧のことなら、期待するだけ無駄だ。貴様を裏切ったんだからな」
嘲るような笑みを浮かべて魔法騎士はリアナを見下ろす。彼女が希望としているものを理解しているうえでその希望を折りにきているのだ。
しかし、リアナは折れない。
「こんなの、きっとなにかの間違いに決まってます。私は錬金術を通して結ばれたレオルスさんとの繋がりを信じます」
怖くないわけではない。不安がないわけでもない。それでも彼ならばきっと――。自分が彼との間に見出した絆を最後まで信じたいのだ。
「ふん。いずれ処分は決まる。それまでほざいていろ」
思いどおりに喚かないリアナを心底つまらなさそうに見ながら魔法騎士は言う。おそらく無実かどうかはもはや論点にないに等しい。目の前にいる魔法騎士の口振りから察するに罪ありきで事態は進んでいる。それが魔法騎士団の意志であるのなら、内部からの助けは期待するだけ無駄だ。自身の正義で動く者以外に止めることはできないだろう。
「精々、最期まで信じて待っているがいい」
去り際に不愉快そうに鼻を鳴らして、魔法騎士はカツカツと甲高い靴音を響かせて去っていこうとした――直後。
「な、なんだ、お前っ!?」
遠くのほうで誰かが叫んだ。直後に激しい音が響き、気を失った魔法騎士が転がってきた。
「な、なに?」
突如聞こえてきた轟音にリアナは困惑する。魔物の襲来だろうか。しかし、ここは魔法騎士団が保有する建物の地下だ。そう易々と魔物の侵入を許すとは思えない。
「やはり来たか」
立ち去ろうとした魔法騎士はその足を止めて、おもむろに踵を返し近づいてくる闖入者と対峙する。侵入を許しているのにもかかわらず、魔法騎士の横顔は少し笑っているようにも見えた。
「……レオルス・ハーバント」
魔法騎士から発せられた一言にリアナは瞠目する。視界の外から徐々にフェードインしてくる存在はまさに彼女が心待ちにしていた人物。
「レオルスさん……!」
薄らと涙を滲ませる瞳で見るその先に、剣を片手に持つ騎士――レオルス・ハーバントは立っていた。
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