第四章

第23話

「お母さん見て見てー!」

 幼子が元気よく母親に駆け寄っていく。その手にはなにかの植物のようなものが握られている。

「どうしたの? リアナ」

 母親は棒で釜をかき混ぜる手を止めて、優しい微笑みで駆け寄ってくる幼子を迎える。

「今日ね、お散歩へ行ってきたときに取ってきたの!」

 幼子は手を開いて握っていたものを母親に差し出す。

「これ、材料になるかなぁ?」

 首を傾げたまま訊いてくる。差し出されたものを受け取った母親は少し驚いたような顔をしたあと、我が子の頭に手を乗せる。

「これ、リアナが見つけてきたの?」

「うん、そうだよ!」

 純朴そうな笑みを向けて幼子は元気よくうなずく。その様子からはきっと母親が喜んでくれると思って、幼子なりに一生懸命に選んで採ってきたのが容易に想像できる。

「……いらなかった?」

 不意に母親が黙り込んだことで途端に幼子の表情はくしゃっとした泣き顔に変わる。

「そんなことないわ。すごいものを持ってきたわね、リアナ」

 不安そうになっている我が子に母親は即座にフォローを入れる。もちろん、このフォローは決して落ち込む我が子を慰めるためのお世辞などではなく、現役の錬金術の観点から見たうえでの判断だった。それだけ幼子が何気なく採ってきた植物は品質の良い物だった。

「リアナはもしかしたら、私よりすごい錬金術師になれるかもね」

 ふふっと笑いながら母親は我が子の頭を優しく撫でる。慈愛に満ちた表情は我が子の将来を楽しみにしているようでもあった。

「お母さんみたいになれるのっ!?」

 目をきらきらと輝かせながら幼子は母親に問う。

「そうねぇ。どうすればすごい錬金術師になれるか分かる?」

「んー、分かんない」

 幼子は困ったように目を伏せる。

「じゃあ、リアナは錬金術は好き?」

「うん! 大好き!」

 その問いには一転して眩いほどの子供らしい笑顔を浮かべて答える。

「お母さんもね。錬金術が大好きで一生懸命頑張ったのよ。でもね、それだけじゃ錬金術師を続けることは難しいの。もうひとつ大切なことがあるの。それはね『繋がり』よ」

「つながり?」

 そのまま母親が口にした言葉を繰り返して幼子は小首を傾げた。

「錬金術っていうのはね、ひとりではできないの」

「でも、お母さんはいつもひとりでお釜混ぜてるよ?」

 そんな子供視点からの至極当然な疑問をぶつけられて、母親はふふっと笑う。実際それは間違っていない。いつも調合しているのは母親である。幼子がそう思うのも無理はない。

「確かにそうね。でも、調合するときの材料はどうしてるかな? 思い出してみて」

 そう言われて幼子は少し高めの声で「んー」と考え込む。しばらく可愛らしく唸ったあと、幼子なりの答えを出す。

「お母さんが採りに行ってる!」

「ちょっと惜しいかな。確かにお母さんが採りに行ってるけど、色んな人に手伝ってもらっているの。金鶏亭の奥さんから分けて貰ったりとかね」

 母親は我が子の脇の下に手を入れて、錬金釜の中が見える位置まで持ち上げる。幼子の頭がちょうど母親の胸の辺りのところで止まる。幼子の期待を膨らまして輝く瞳に錬金釜の中身が反射する。

「みんなの想いがひとつに繋がる――それが錬金術なのよ」

 自分がこれまで錬金術を通して感じてきたことのありのままを母親は我が子に受け継ぐようにして語る。錬金術はきっと次世代、さらにその次の世代へと引き継ぎれていくべき技術だと信じている。錬金術師として今まで肌で感じてきたことは絶対に間違いではない――だから、今まさに芽吹こうとしている次世代の才能にありったけの希望と愛情を注ぐ。

「よく分かんなーい」

 困ったような笑みで幼子は母親を見上げる。

「そっか。まだ分かんないか」

 そう言って、母親は我が子を床に下ろして抱きかかえる。

「今は分からなくても、きっといつか分かるようになる日が来るわ。だからそれまではリアナの心の中で覚えておいて」

 この子が立派になるまで自分は生きていられるだろうか。いや、そんなことは考えなくていい。たとえ、明日この世を去ることになろうとも、為すべきことはなにひとつ変わらない。少しでも多くの時間をともに過ごして、母親として、錬金術師としての想いを我が子の心に刻みたい。それが母親で錬金術師である自分の為すべきことだ。

「分かった! 覚える!」

「よし。じゃあ、調合の続きをしよっか」

「するするー!」

 手伝いたくて堪らないのか、忙しなく手を動かす我が子を見て微笑みながら、母親は我が子とともに調合を再開する。

 親子を照らすように窓からは柔らかく、そして温かな午後の日差しが差し込んでいた。

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