第20話

 駆け付けたときにはすでに錬金工房の周辺には人集りができていた。物々しい雰囲気を放つ魔法騎士が数名で来ているのだから仕方ないことだろう。その人集りの中にはちらほらと見覚えのある顔もあった。

「どいてくれ!」

 人混みをかき分けてレオルスは最前列を目指す。強引に通って嫌な顔をされようがそんなことは関係ない。無我夢中でレオルスは進んだ。

 レオルスが最前列に辿り着くのと錬金工房の扉が開き始めたのはほぼ同時だった。無事でいてくれという気持ちを込めた視線の先で扉が徐々に開いて誰かが出てくる。それがリアナであることをレオルスはひたすらに願った。

「そんな……」

 レオルスの祈りも虚しく、扉を開けて出てきたのはリアナ――ではなく屈強な魔法騎士だった。その後ろを続くようにリアナが魔法騎士に連れられて出てきた。その様はまさしく連行と呼ぶに相応しい光景だった。

「リアナ……」

 目の前を通り過ぎていく少女の名を呼ぶ。それはか細く今にも消え入ってしまいそうだ。その呼びかけにぴくりと反応して彼女が止まった。不意に立ち止まった彼女を連れて進んでいた魔法騎士は怪訝そうに眉をひそめるが、彼女の視線の先にいる人物に気づいて足を止めた。

「ご苦労だった」

 魔法騎士のその一言でレオルスに向きかけていたリアナの顔は俯いてしまう。彼女の中にあった最後の希望の灯が消えてしまった瞬間だった。魔法騎士に促されるように遠ざかっていくリアナの背中にレオルスは叫ぶ。

「リアナ! 聞いてくれ! 俺は――」

 そんなつもりはなかった――などと、どの口が言えようか。リアナの横顔を伝う一滴を目の当たりにして、言おうとしていたことの全てが弾け飛んだ。結局のところ、根本では自分も同罪なのだ。

 悲しみの彩で染まった彼女の横顔がいつまでも目に焼き付いて消えなかった。

「おい」

 徐々に人々が去っていき閑散としていく錬金工房の前でレオルスはひとり茫然と佇んでいた。錬金工房を一点に見つめたまま微動だにしない。

 そんな彼の意識を取り戻させたのはシェリルだった。肩を強引に引っ張ってシェリルはレオルスを自分のほうに向かせる。そのときの彼の身体は生きた屍のように驚くほど簡単にシェリルのほうに動いた。

「説明してくれるんだろうなぁ?」

 シェリルの刺すような双眸がレオルスを捉える。気づけば、シェリルの後ろに同じように駆け付けたであろうシーラがいた。彼女の顔にも雑貨屋で見せてくれたような柔和な笑みはない。

「なんとか言えよっ!」

 レオルスは目を伏せたままうんともすんとも答えない。それに堪り兼ねたシェリルは彼の胸倉を掴んで身体を乱暴に揺らす。それでも彼はなにも答えず、されるがままに頭を揺らすだけだ。ついにシェリルは片方の手を離して振り上げる。

「シェリルちゃん落ち着いて!」

 慌ててシーラが止めに入る。さすがにそこは年上だけあって越えてはいけないラインの分別は弁えていた。

「これが落ち着いていられるかよっ!?」

 無理やりにレオルスからシェリルを引き離す。シーラに羽交い締めにされながらもシェリルはそれでもなお糾弾の声を緩めない。幼馴染みで幼い頃からリアナを見てきた彼女からしてみれば、レオルスのしたことはたとえどんな理由があっても許せるものではない。

「あいつは……、リアナはお前のことを本当に信頼していたんだぞ! それを裏切って、あいつの心にどれだけの傷を付けたのか考えてみろよっ!?」

 閑静な街にシェリルの怒号が響き渡った。捲し立てるように感情の全てを吐き出して、その行為が身体に障ったのか咳き込む。どうやら無理を押してリアナのもとに駆け付けたようだ。図らずもシェリルがいったん落ち着いてくれたことに乗じる形でシーラが一歩前に出て、沈黙したままのレオルスに語りかける。

「レオルスくん。私も怒ってないわけじゃないのよ。でも、きっと貴方にだって言い分はあるだろうし、まずはそれを話して。だから、とりあえずは錬金工房に入りましょう。シェリルちゃんもそれでいい?」

 主を失った錬金工房の扉は簡単に開いた。これまでの経緯を説明するのなら、おあつらえ向きだろう。今は落ち着いて話せる場所が必要だ。

「あたしはそれで構わない」

「レオルスくんもそれでいい?」

 シーラの問いにレオルスは力ない様子で小さくうなずく。シーラを先頭に三人は錬金工房に入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る