第19話

 彼らが訪れてきたのは窓から西日が差し込み始めた時間帯だった。コンコンと扉がノックされたのでレオルスが戻ってきたのかと思い扉を開けたら、そこにいたの三人の軍服姿の男たちだったのだ。それがこのレクツェイアの魔法騎士であることは服装からすぐに分かった。

「え、ええっと……」

 状況が飲み込めず困惑しているリアナを余所に三人の魔法騎士はずけずけと錬金工房に入ってくる。街を守る盾でもある魔法騎士の男たちの体躯は良く、腰に携えている無骨な剣も相まって気後れしてしまいそうな威圧感を放っていた。

「なにか御用ですか?」

 いったいなぜ魔法騎士が錬金工房にやってきたのかリアナには理解できなかった。これまで何度か魔法騎士団と話し合う機会はあったが、それでも今回のように複数人で来ることはなかった。

「リアナ・フレイゼルだな?」

「そ、そうですけど……」

 物々しい口調にリアナは全身が強張るのを感じた。普段の錬金工房にはないピリピリとした緊張感が漂っていた。

「貴方を重要参考人として連行する」

「……はい?」

 思いがけない言葉が目の前の魔法騎士から飛び出して、リアナは当惑する。品行方正と自分で言うつもりはないが、少なくとも街の規範を乱すような迷惑行為をした覚えはない。むしろリアナとしては、限られた範囲とはいえ困っている人のために錬金術を用いて手を貸してきたつもりだ。

「その、なにかの間違いじゃないでしょうか?」

 身に覚えがない以上、否定するほかない。無実の罪で連行されては堪ったものではない。きちんと事実関係を確認してもらう必要がある。

「間違いではない。厳正な調査のうえでの連行だ」

 リアナは思わず言葉を失った。いったいいつの間にか調査していたのか。仮に調査をしていたとしても、自分には連行されるようなことはなにもない。明らかにおかしい。

 魔法騎士のひとりがじりじりと寄ってきてリアナの片手を掴む。

「――ちょ、ちょっと待ってください! なにかの間違いです。私、連行されるようなことをした覚えはありません!」

 掴まれた手を振り払いながら後ずさりして否定する。無実のうえに強制的に連行など横暴もいいところだ。

「そこまでして認めないというのなら、その証拠を見せよう」

 リアナの手を掴んでいた魔法騎士は懐から束になった紙を取り出した。なにかの報告書に見える。

「これがその証拠の報告書だ」

 突き付けられたものを見てリアナは絶句した。束になっている紙のおそらくは表紙に当たるであろう一頁に見覚えのある名前があった。


――レオルス・ハーバント。


 作成者名を記述する部分にあった彼の名前。

 なにかの間違いではないか。

 見間違いではないか。

 そうであってほしかった。しかし、何度見てもそこにあるのは彼の名前そのものだ。それはつまり、リアナを連行する証拠となる報告書の作成者がレオルス自身であることを示していた。

「嘘……。嘘だよ、こんなの」

 首を振って、信じられないというように膝から崩れ落ちる。手をついた錬金工房の床が嫌に冷たく感じた。彼女の頬を伝った雫がぽつりと落ちて床に小さなシミを作る。

「残念だが、これは紛れもない事実だ」

 淡々と事務的に事実を伝える魔法騎士の声がひどく機械的に聞こえた。

「突然、弟子になりたいなんておかしいとは思わなかったのか」

 初めて彼と出会ったときから今日までのことが走馬灯のように蘇る。

 あの日々は全て嘘だったのか。

 協力してくれたことは全て嘘だったのか。

 錬金術を凄いと言ってくれた、あの言葉は嘘だったのか。

「貴方に協力したのも、全ては取り入るための……」

「もうやめてっ!? 聞きたくないっ!」

 全てを遮断するようにリアナは両手で耳を覆う。彼女の中にあった今までの日々が瓦解していく。ぎゅっと目を瞑って、その瞼の裏に浮かんだ彼の姿が遥か彼方に遠ざかっていく。なにもかもがどうでもよくなっていく脱力感だけが全身を駆け巡った。

「連れていけ」

 もう抵抗する気力すら目の前に少女にはないと判断した魔法騎士は、同行してきたふたりに少女を連れていくように指示した。

「レオルスさん……どうして……」

 屈強な魔法騎士によって人形のように身体が立ち上がる中、声にならない声でリアナはつぶやいた。リアナの中にいる彼はその問いに答えてはくれなかった。

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