第16話

 心当たりがある場所――すなわち様々な分野の情報が文献として所蔵されている場所としてレオルスが真っ先に思いついたのはここだった。

「魔法騎士団編纂室……」

 実際にこの編纂室を訪れることは今回が初めてだった。様々な分野の情報が集まるこの場所ならば、なにか手がかりになるような記述があってもおかしくない。

 編纂室を利用する許可はすでに得ており、遠慮なく編纂室に足を踏み入れる。

「なかなかの数だな」

 入って早々に森の樹木のように立ち並ぶ無数の書棚が目に付いた。書棚の端から端までぴったりと書物が収納されている。手近にある一冊を手に取ってみるが、当然ながら手入れはされているため、書物の保存状態が悪いという心配はなさそうだ。調査をするうえで書物の保存状態は重要だ。

「これは当たりを付けないと、日が暮れそうだな」

 情報を集めるうえで書物の数が多いに越したことはないが、ここまで多さになると手当たり次第というのは現実的ではない。幸いなことにカテゴリー別に分類されているため、目星を付けることはさほど難しくない。調査すべき範囲が分かれば、そこからは時間との勝負だ。早速、一冊を書棚から取り出して調査を開始する。

「それにしても、やはりというか、丁寧にまとめられている」

 今レオルスが閲覧している書物のカテゴリーは医療分野だ。どこでどういった病気の発症が確認され、原因、治療方法、対策と順序立てながら丁寧に整理がなされている。閲覧している身としては非常にありがたく、そこそこのペースで読み進めることができている。

「ということは、ここにある書物にはレクツェイアで発生した病の全てが記録されているということか」

 ふと頭上の書棚に収まっている書物を見つめてそんなことを思う。素人考えではあるが、ここの書物に記述されている治療方法を組み合わせれば件の奇病に対しても治療方針を立てられそうなものだが、手をこまねいているのが現実だ。それだけ奇病の病としての性質がイレギュラーなのだろう。医者たちが匙を投げるのも納得だ。

「……命令違反だよな、やっぱり」

 ここしばらくはリアナの錬金工房に泊まり込みで依頼の対応をしていたため、ひとりになる時間は久しぶりだった。だからだろうか。ひとりで黙々と調査をしていくうちにここ数日の己の行動を客観視し始める自分がいた。

 魔法騎士として受けた命令は錬金工房を潰すため、その材料にたり得る欠陥を見つけてこいというものだ。今自分がしていることはその命令に背く行為だ。ばれようものならクビになることはまず間違いない。むしろ、クビで済めば良いほうだろう。それでも、とレオルスは思う。

「これは……違うな」

 潰すことばかりが道ではないのだ。どちらの技術にも得手不得手はある。ならば、それを補う形で共存していけばいい。素人の浅知恵と言われればそれまでだが、その素人にそう思わせるほどの価値を錬金術は示したのだ。もちろん、それを扱う彼女自身も。だから、後悔はしていない。するつもりもない。

「これも……いや、とりあえずメモしておこう」

 ある程度の目星を付けたとはいえ、それでもそこそこの数はある。精査はリアナに任せるとして、少しでも手がかりになりそうな記述は逃さないようにしなければならない。目を皿のようにして隅々まで目視する。途方もない作業だ。それでも彼女を思えば、やり遂げられるような気がした。レオルスは一度も手を止めることなく、夕方まで黙々と調査を続けた。

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