第11話
シーラの雑貨店を出た頃には開いていた店もちらほらと本日の営業を終了していた。斜陽はよりいっそう赤みを帯びて、行き交う人々の影を長くしていた。もう少しで陽は完全に沈むだろう。
「思ったより話し込んじゃいましたね。続きはまた明日にしましょうか」
「リアナがそう言うならそれでも構わない」
元々納品しに行くそのついでという話だったのだ。案内役であるリアナが明日にしたいというのなら、それを覆してまで無理強いできる立場ではない。
「なら、完全に暗くなる前に戻りましょう」
そう言ってふたりが来た道を引き返そうとしたとき、リアナを呼び止める声がした。
「あれ? リアナじゃん」
ふたりが振り向くと橙色の髪を短くまとめた女性が立っていた。買い物帰りのようで両手で食材の入った袋を抱きかかえている。その抱きかかえている腕も含めて女性にしては少しばかりがたいが良いように思えた。
「こんなところでなにしてるだよ。もしかして、デートか?」
男勝りな口調でストレートに橙色の髪の女性は言う。
「なんで揃いも揃って勘違いしちゃうのよっ!?」
「いや、そりゃ男と女が仲良く歩いてりゃ誰だってそう思うだろうよ」
どうやらこちらもリアナの知り合いのようで自然な掛け合いだった。リアナの口調もシーラのときの畏まったものから、砕けた口調になっている。
「この人は私の弟子になったレオルスさん。今日は材料の採取に付き合ってもらったお礼にこうして街を案内してたところなの」
「弟子か……って、リアナに弟子っ!?」
思わず抱きかかえいた食材を落としそうになる。
「そんなに驚かなくても……」
「だって、あんなポンポン爆発させていたヤツに弟子ができただなんて……」
「私だって成長してるのよ!」
唐突に恥ずかしいことを暴露されて顔を真っ赤にながら反論する。
「レオルスとか言ったか。あたしはシェリル・エメライン。こいつとは幼馴染みってところだ。といっても、歳は離れているけどな」
こともなげに言うシェリル。幼馴染みだけあってリアナの扱いには慣れているのか、今も反論している彼女を特に気にかけていない。歳は離れていると言っていたが、見た目の印象からして二十代前半くらいだろうか。そうなれば年上ということになる。
「俺はレオルス・ハーバントと言います。リアナとの関係はさっき彼女が言ったとおりです。これから宜しく……」
「ああ! あたし、そういう堅苦しいの無理なんだよ。年上だからって変に気を遣わなくていいし、敬語もいらないから」
いかにもどこかが痒そうな顔をしてシェリルは言う。リアナが幼馴染みとはいえ年上に対して敬語を使っていないのも納得がいった。
「つーわけだから、こちらこそ宜しく」
そう言ってシェリルはいったん荷物をリアナに預けて手を差し出してくる。シェリルの後ろで重いとリアナが呻いた。
差し出された手をレオルスが握り返したところで、シェリルは値踏みをするように目を細めた。
「にしても、あんたがリアナの弟子ね……」
リアナに持ってもらっていた荷物を再び抱きかかえながら、シェリルはいぶかしげな目をレオルスに向ける。
「そんなに怪しまなくてもレオルスさんなら大丈夫だよ。魔物に襲われたときも身体を張って守ってくれたし。信頼できる人だよ」
困惑しているレオルスに助け船を出すがごとくリアナが反論する。身を以て経験したことゆえにその反論には説得力があった。
「別に怪しんでいるわけじゃないけど。リアナ、あんたのとこ、お母さんの頃から魔法騎士と揉めてるでしょ?」
「揉めてるというか、何度か話し合いみたいなことはしたことあるけど」
「それを揉めるって言うの。あたしの取り越し苦労ならいいけどさ。タイミングが良すぎるし、あいつらがスパイでも送り込んだじゃないかと思っただけだよ」
無言のままにレオルスは唾を飲み込んだ。ほんの一瞬、値踏みするような視線を向けられたと感じたのはきっと気のせいではないだろう。
「まあでも、本当にスパイなら身体を張ってまで守らないだろうしな。とりあえず、信じてやるよ」
どうやら信じてくれたらしい。内心で一息つく。
「じゃあ、せっかくリアナに弟子ができたことだし、パーッと行くか」
「パーッとって?」
「パーッとやるんだよ。ちょうど食材もあるしな」
その食材がなにを指すかはすぐに理解した。
「でも、それってお店のために買ったんでしょ。いいの?」
「まあいつも世話になってるリアナのためなら大丈夫だろ」
ハッハッハと快活にシェリルは笑う。
「つーわけだ。どうせこのあとは帰るだけだろ? ふたりともウチの店に寄ってけ」
そう言ってシェリルは先導するように先を行く。勝手に話が進んでふたりが立ち止まっていると、振り返って付いてくるように催促してくる。どうやらこちらに主導権はないようだ。
「どうする?」
「まあ、シェリルが良いって言ってるなら良いんじゃないですか。街の人も来るだろうし、顔合わせくらいはできますよ」
このあとの予定についてはシェリルの言ったとおりだった。特に断る必要もない。ふたりは見合ったあと、付いていくことを決めた。
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