第10話

「ここです」

 錬金工房から歩いて十分ほどでとある店に到着した。リアナ曰く、雑貨店のようである。斜陽が差し込むこの時間帯であっても開いている店がある中、件の店は扉に『CLOSE』と表記された板をかけていた。

「シーラさん、いますかー?」

 扉をためらいもなくノックする。反応がなかったため、リアナはそのまま扉を開ける。

「勝手に入って大丈夫なのか?」

「シーラさんにはこの時間に届けにくると言ってあるので大丈夫です」

 互いに合意が取れているなら問題はないだろう。

 扉に付けられた鈴がリアナの入店を知らせる。レオルスも続いて入店する。

 店内には人の姿はなかった。閉店しているのだから当然だ。目的の人がいなかったため、リアナはカウンターにある呼び鈴を鳴らす。

「はーい」

 ほどなくして奥から女性の声とともにパタパタと小走りする音が聞こえてきた。声の感じからして若い女性だろうか。

「あら、リアナちゃん。いらっしゃい」

 ブラウン色の髪を短くまとめた女性が奥から姿を現した。

「こんにちはシーラさん……じゃなくて、もうこんばんはですね。おばあちゃんの具合はどうですか?」

「そうねぇ……。リアナちゃんのお薬のおかげで良くなってはきてるみたいだけど、まだお店に立つのは難しそうね」

 少し悲しい顔をしながらブラウン色の髪の女性――シーラは言う。

「そうですか……。でも大丈夫です! 今日はもっとよく効くお薬を持ってきましたから!」

 そう自信満々に言って、リアナは荷物入れからさきほど調合ばかりの薬を詰めた小瓶を取り出した。

「ひょっとして、お願いしたお薬?」

「はい! ばっちり作ってきました。よく効くように竜眼草も混ぜてあります」

 リアナから手渡された小瓶を受け取ってシーラはしげしげとそれを眺める。窓から差し込む斜陽を小瓶はきらりと反射する。

「竜眼草って、レクツェイア森林の奥に自生している花じゃない。わざわざ取りに行ってくれたの? 怪我とかしてない?」

 シーラは心配混じりの声でリアナに尋ねる。レクツェイア森林の魔物が活発化してきていることは周知の事実である。一般人ならどうしてもという用事でもない限り、まず訪れることはない。シーラからしてみれば、自分もリアナのただの一般人だ。

「ちょっと色々ありましたけど、レオルスさんに助けてもらったおかげでなんとかなりました」

 笑顔で続けるリアナにシーラはきょとんとした顔をする。その顔を見て、リアナは思い出したように隣で完全に蚊帳の外になっている少年を紹介する。

「あ、レオルスさんっていうのは……」

「挨拶くらいは自分でするよ」

 やっとこさ自分に話が振られてレオルスは自己紹介をする。

「レオルス・ハーバントと言います。錬金術師の見習いとしてリアナさんの弟子をしています」

 明朗溌剌に自己紹介するレオルス。横にいるリアナをちらりと見ると、不満げに少し頬を膨らましていた。どうやら自分で弟子のことの紹介したかったらしい。それが弟子を持つ師匠の心理というものなのだろうか。

「ご丁寧どうも。私はシーラ・マクニール。雑貨屋を経営しているわ」

 レオルスの自己紹介に反応するようにリアナからシーラと呼ばれていた女性も自己紹介をする。声もそうだが見た目もかなり若い。何気なくした髪を耳にかける動作は妙齢とは思えない大人の色気があった。

「リアナちゃんのお弟子さんだったのね。私はてっきり……」

 そのあとに続く言葉は言わずもがなである。レオルスはぴんときていない様子だが、リアナは察したように口を挟む。

「――ち、違いますよっ!? レオルスさんは私の弟子で、そういうのじゃないです」

 恥ずかしがっているのか怒っているのか、リアナは頬を赤くして否定する。そんなに必死になって否定しなくても、とちょっぴり傷付いたレオルスだった。

「なーんだ。でも、リアナちゃんもひとりくらいそういう人はいないの? リアナちゃん可愛いんだし、ねえ?」

 ねえと言われても困ってしまうレオルスである。

……まあ顔立ちが整っているのは確かだが。

「か、からかわないでくださいよ。そんなの必要ないですし、今の私には錬金術がありますから。それにお母さんみたいになるために一日だって遊んでいる暇はないんです」

「そんなことを言ってると私みたいになっちゃうわよぉ?」

 冗談めかした感じでシーラが言う。

「シーラさんは良いじゃないですか。優しいし綺麗だし、むしろ今までいないほうがおかしいんですよ」

「まぁ。嬉しいことを言ってくれるわね。依頼料、上乗せしちゃおうかしら?」

 完全に常連の会話である。依頼人と仲が良いのは結構だが、ここまでいつもどおりの雰囲気で話し込まれると全く話しかける隙がない。

「それにしても、リアナちゃんにお弟子さんがねぇ……。錬金術師として一歩先に進んだってことかしらね」

「わざわざ遠路はるばる来てくれたみたいで、きっと私の名も広がりつつあるんですよ! ね、レオルスさん」

 嬉々として話しながら、リアナは純粋な輝きを放つ目を向けてくる。

「じゃあリアナちゃん、お薬、ありがたく使わせてもらうわね。依頼料は今持ってくるから少し待ってて」

 小瓶を持ってシーラは店の奥に消えていく。店舗兼自宅ということなのだろう。

「本人の前じゃ言えないですけど、シーラさん、実はもうすぐ三十歳なんですよ」

 ここからでは聞こえるはずもないが、リアナは小声で耳打ちしてくる。

「そんなふうには見えなかったな」

 完全に見た目は二十代前半である。妙齢とは思えない色気を感じたのはそのせいだろうか。

 などと話していると、ちょうど奥からシーラが戻ってくる。

「お待ち遠様。これが今回の依頼料ね。次もまた宜しくね」

 小袋に入れられた依頼料をリアナはお礼を言って受け取る。

「困ったことがあったらなんでも言ってくださいね。あと、レオルスさんのこともこれから宜しくお願いしますね」

「ええ。まだ来たばっかりなら、なにかと入り用だろうし、リアナちゃんのお弟子さんってことでサービスさせてもらうわね」

 シーラはにこりと微笑みかけてくる。その微笑みにレオルスはただうなずくだけだった。

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