第7話
レオルスは思考をただの錬金術師の見習いから、本来あるべき姿の魔法騎士に切り替える。実際に魔物を相手取るのは初めてだが、士官学校での戦闘訓練は周りが引くほど行ってきた。上手くやれるはずだ。
レオルスが急いで駆け付けると、リアナが逆さまの状態で宙吊りになっていた。動物用の罠に掛かったわけではない。リアナの右足に緑色の紐――否、植物の蔓のようなものがまとわりついていた。その周囲にはさらに複数の蔓が次の獲物を探してくねくねと動いていた。
(植物の魔物か)
魔物。生物、非生物問わず、マナの過剰な摂取によって、既存の生物の枠からはみ出た存在だ。生物に限っていえば、機能の一部が異常に発達したり、耐久力が規格外になったりと、その影響範囲は様々であるが、この植物の場合は明確な意志を持って人間を襲っている。つまり自我を有した植物ということだ。ついさきほど別の魔物が通り過ぎていったのは、きっとこいつの存在に気づいていたからだろう。
「リアナ、無事か!」
「い、今のところは大丈夫ですけど、このままだと……」
不安そうにリアナは言う。人体の構造について造詣が深くないレオルスでも、宙吊りにされたままの状態が人体に良い影響を与えるとは到底思えない。それ以前、捕獲した人間をそのまま宙吊りのままにしているだけとは考えづらい。仮に食虫植物ようなものであるのなら……その先は想像したくない。嫌なビジョンを頭を振って追い出して、手遅れになる前にレオルスはリアナの救出に移った。
「このままだと……パンツが」
行動を開始した矢先、リアナが次の言葉を発しレオルスが真剣に耳を傾けていると、あまりにも間の抜けた台詞が出る。思わず切れそうになった緊張の糸を必死に繋ぎ止めたレオルスである。こちらは真面目に考えていたというのに、なんとも緊張感に欠ける一言だろうか。
「――こ、こんなときになんの心配をしてるんだ」
見れば、リアナは必死にスカートの裾を押さえて、その中を死守していた。 ほんの一瞬、スカートの中を想像してしまったことは内緒である。
「だって、スカートが……」
リアナが宙吊りになっている周囲の地面には、道中で使っていたランタンや持ってきた荷物が散乱していた。どうやら宙吊りになって真っ先に気にしたのはスカートらしい。母親の形見すらも上回るとは、年頃の少女の恥じらいというものはかくも恐ろしい。こんな魔物しかいない場所で気にするものでもないと思うのが。そもそも、なんでこんな草が生い茂る中を歩くと分かっていながら軽装でやってきたのか。いや、いまさらそんなことを気にしても仕方ない。
「と、とにかく、早く助けてください!」
リアナが懇願する。その助けてくださいというのは、果たして命なのかスカートのどちらなのか。いずれにしても、リアナを救出するという目的はブレない。……少々間の抜ける幕間もあったが。
(まずは本体がどこにいるかだ)
改めて思考を戦闘モードに切り替える。こんな同じような樹木ばかりが乱立している森林では、たとえそのどれかが魔物と化していたとしても、動物の場合のようにパッと見た目では判断しづらい。なにか手掛かりになるようなものはないか。
(いや、考えている暇はない)
腰に下げた剣の柄に手をかける。無数の樹木の中から探し出すのは時間がかかってしまう。人質を取られている以上、無意味に時間はかけられない。むしろ今朝、物取りに放った攻撃で短期決戦に持ち込んだほうがいい。
レオルスが思案をまとめ上げ攻勢に移ろうとしたとき――突如、地面が揺れた。さきほど別の魔物が近くまできたときよりも大きい揺れだ。
「な、なんだ」
「な、なに?」
振動に足元を取られ、剣の柄に当てていた手を地面につく。下手に立っているより、姿勢を低くしていたほうが安全だ。リアナのほうは宙吊りにされた状態なので揺れは関係ない。揺れは今も断続的に起きている。
「レオルスさん、あれ!」
切迫した声でリアナが叫ぶ。初めて聞くリアナの平時とは違う声にレオルスも顔を強張らせる。リアナの指差す先で次々と地面から植物の根が跳ねるように飛び出していた。危害を加えようとしたことで、レオルスを明確に敵として認識したのか、ついにリアナを襲った魔物がその姿を現した。
「向こうから出てきてくれるとは都合がいいな。探す手間が省けた」
無数の樹木のうちの巨大な一本が意志を持ってレオルスの前に立ちはだかった。どうやらこの巨木がリアナを襲った黒幕のようだ。剣の柄に手を当てて臨戦態勢を取る。
先に動いたのは巨木の魔物だった。蔓を振り上げてレオルス目がけて振り下ろす。レオルスはとっさにそれを回避する。蔓が直撃した地面は抉れて土塊が辺りに飛び散った。
巨木は次々と蔓を振り下ろす。さすがに生身での連続回避は厳しいと感じたレオルスは、足の裏にマナを収束させて高速移動にシフトする。背後で発生し続ける衝撃音を聞きながら、猛攻を掻い潜って反撃する隙を窺う。
「ここだ!」
マナの影響によって自我を得たといっても、さすがに人間のような思考能力までは持ち合わせていないようで、一撃の威力は高くても蔓で再度攻撃を行うまでに時間差があった。その間隙を衝いてマナを収束させ一気に振り抜いた。
――一閃。
三日月の衝撃波は巨木の本体に直撃し、青い爆発を起こす。
巨木は爆発に煽られて大きく後ろに倒れ込んだ。その衝撃で地面が揺れた。衝撃波が直撃した箇所を見ると表面から抉り取られていた。
「リアナ、大丈夫か?」
レオルスは一息ついて、締め付けが緩んだ蔓からもぞもぞと抜け出そうとしているリアナに駆け寄る。
「なんとか……大丈夫そうです」
そう言って立ち上がろうとするリアナだが、逆さまにされてずっと頭に血が上っていたせいかその足取りは覚束ない。
「無理するな。しばらく休もう」
倒したとはいえ、魔物の近くで休息というのは少し落ち着かないが、この際仕方がない。
申し訳なさそうにリアナはこくりとうなずいた。リアナが改めてレオルスの近くで休もうとしたときだ。
「リアナ! 下がるぞ」
レオルスがリアナの脇の下に腕を通して後ろに下がる。どうしたのかとリアナは目で訴えかけているが、レオルスの魔法騎士としての直感がなにが起きたのかを予測していた。
「どうやら一筋縄ではいかないようだな」
焦燥しているレオルスをリアナは不思議そうに見つめていたが、すぐに彼女もその原因を知ることとなる。
ぴくりと静止したはずの蔓が跳ねた。倒したと思っていた巨木の魔物が再び起き上がり出したのだ。起き上がった巨木にはレオルスの一撃によって作られたはずの傷はなく、再生されたような傷跡だけがあった。
「これは厄介だな……」
マナは生物の再生速度にも影響を与えると聞いたことがあるが、まさかここまでとは。さすがのレオルスも予想していなかった。こちらの動きはおそらく一挙手一投足で地面に伝わる微動から割り出している。さきほどリアナから譲り受けた目眩ましも無意味だ。
非常に緩慢な動きで巨木の魔物は本体を起こしている。
「リアナ、下がってろ」
再び戦うことになるのは明白だ。錬金術師とはいえ、一般人のリアナを戦いに巻き込むわけにはいかない。しかし、リアナは従おうとしなかった。
「どうした? 危ないぞ」
従わないリアナにレオルスの声は少しだけ語調がきつくなる。
「いえ……。その、実はひとつ考えがあるんですけど、いいですか?」
「考え?」
リアナはうなずく。従わなかった理由はこれか。一瞬、怪訝な顔をするレオルスだが、最初から勝算がないのなら、わざわざそんな提案はしてこないはずだ。ということは、リアナなりに勝てるビジョンが存在していることになる。少女を戦いに巻き込むのは少々気が引けるが、緊急時にそんなことは言っていられない。借りられる知恵があるなら借りたいところだ。
「さっき散らばった荷物の中の小瓶に入った赤い液体があるのが見えますか?」
リアナは散乱している荷物を指差す。追従するようにレオルスも視線を同じほうに向ける。すでにいくつかの荷物は巨木に潰されて無残な姿になっているが、目的としているものは幸いなことに無事だった。
「あれがどうした?」
「実はあの赤い液体、マナに反応して燃えるんです」
その一言でレオルスはリアナが言わんとしていることを察した。魔物というのはマナを過剰に摂取することで生まれる存在だ。それはつまり、その体には大量のマナを有していることになる。その体にあの赤い液体を当てることができれば大炎上を起こすはずだ。加えて、木は火に弱い。今までにない有効打だ。だが、ひとつ問題がある。
「あれを取りに行って、当てる必要があるってことだな」
目的のものは巨木の魔物の射程内だ。ついさきほどのような猛攻を掻い潜るのはリアナには難しいだろう。
「俺がやろう。さっき戦闘で行動パターンはある程度は把握している。身体が覚えているうちに行ったほうがいい」
生傷はあるものの、この場における適任者は自分しかない。そう思って飛び出そうとするレオルスの手首を――リアナはぎゅっと掴んだ。レオルスの身体が後ろに仰け反る。
「なんで止める」
怪訝な目をリアナに向ける。作戦を実行するなら、巨木の魔物が完全に本体を起こしきれていない今がチャンスだ。焦燥感からリアナを睨みつけてしまうが、それでもリアナは一歩も退かなかった。
「さっきから私はレオルスに助けてもらってばかりです。こんなことになったのも私の不注意が原因ですし……私が取りに行きます」
「自分がなにを言っているのか、分かっているのか?」
自然と語調はきつくなる。当然だ。戦闘慣れしているレオルスでさえ、魔法騎士としての力を使って対応できた相手なのだ。いくらリアナの錬金術の腕がすごくても、それは戦闘とはなんら結びつかない。物事には適材適所があるのだ。
「分かってます。さっきのレオルスの戦いぶりから危険な相手だってことも理解してます。でも、あれは私が錬金術で作った道具です。扱い方は私が一番熟知してます。それにレオルスさん、言いましたよね? 剣の腕には覚えがあるって。私だって錬金術の腕には覚えがあります。戦闘がレオルスさんの領分なら――錬金術は私の領分です」
昨日、今日とずっと見せてきた天真爛漫な笑顔とは違う、真っ直ぐで覚悟を決めたような表情。そして、自分の中にある確固たる信念が込められた凜とした声。それらにレオルスは心の中のなにかが動かされたような気がした。
「やることは単純です。赤い液体を浴びせればいい。でも、ただ浴びせるだけじゃダメです。できるだけマナの濃度が高い場所に浴びせたほうが効果的です。それにあの蔓に弾かれてもダメです。確実に本体を狙う必要があります」
リアナの言ったことを具体的に脳内でイメージする。つまり、さきほどのように鋭い一撃を与えて行動不能にすればいいというところか。
「……やりたいことは分かった。だが、取りには行かせられない。それは俺がやる。そのあとのことはリアナに任せる」
譲歩できるのはここまでだ。それで十分だというようにリアナは力強くうなずいた。役割分担は決まった。あとは行動に移すだけだ。
「俺が取ってくるまでどこかに隠れていたほうがいい。取ってきたら合図する」
「分かりました」
ふたりがやり取りをしている間に巨木の魔物は完全に起き上がってしまっていた。こちらに攻撃を開始するのも時間の問題だろう。このまま一緒にいたら、ふたりとも一網打尽にされてしまう。早いうちに分かれたほうがいい。
レオルスは一気に駆け出した。マナを駆使した高速移動も忘れない。できるだけリアナに注意が向かないよう、軽くちょっかいを出しながら目的の赤い液体が入った小瓶に向かう。
巨木の魔物は変わらず蔓を次々とレオルスに向かって叩き付けるが、地面が抉れるだけで直撃しない。ここまま順調にいければ、もうすぐ目的の道具まで辿り着ける。しかし、その目算は早くも崩れることとなる。
メキメキメキメキという凄まじい轟音が森林をざわめかせる。蔓による猛攻が弱まったことと突然の異音に疑問を抱いたレオルスが足を止めて音のするほうに目を向けると、その光景に思わず目を見張った。蔓を何重にも巻き付けて、軽々と樹木を引き抜いていたのだ。巨木と比べれば見劣りする大きさだが、それでも人間など簡単に潰せる大きさである。
「おいおい……冗談じゃないぞ」
交戦しているこの状況で無意味に樹木を引き抜くわけがない。あの樹木がなんのために引き抜かれたのか、考えるまでもなかった。
これ以上に気を引く必要はないと判断して、レオルスは脇目も振らず道具を回収するためにマナで小規模の爆発を起こして一気に加速する。
「レオルスさん、後ろ!」
引き抜かれた樹木が投げ付けられる。
とっさに叫ぶリアナ。
リアナの叫び声で樹木が投擲されたことを認識する。自分に直撃することはもちろん、方向的に残り数十メートルまで迫った目的の道具が巻き込まれることは避けなければならない。ちらりと後ろを確認するが、投擲技術に関してはやはり精度は高くない。どちらかといえば、樹木の大きさによるごり押しに近い。
もう少しで回収できる――と思ったとき、またしても状況は変わる。
「しまった!」
小瓶が空中に跳ねた。樹木はレオルスに直撃しなかったものの、落下した影響で地面が震動し、それを受けて空中に高く跳ね上がったのだ。いくら土とはいえでも、落下して小瓶が壊れる可能性は捨てきれない。
(こうなったら……!)
レオルスは剣にマナを集め――自分の足元で解き放った。青い爆発がレオルスを空中に押し上げる。手を精一杯に伸ばして小瓶を掴み取る。そのまま受け身を取って地面に着地し、すぐさま方向転換。リアナのもとに向かう。
「リアナ!」
叫ぶと同時に合図を送る。リアナも物陰から出てきて、いつでも受け取れる体勢を取る。あとはリアナが小瓶を受け取って、巨木の魔物に直撃させることができれば勝利は目前だ。
「レオルスさん!」
リアナが小瓶を受け取る直前、彼女が叫ぶ。投げられた樹木がレオルスに向かって迫っていた。手に小瓶を持っている状態では対応が難しい。
「受け取れ! リアナ」
ここままではふたりともやられてしまうと判断したレオルスは、リアナがしっかりと受け取ってくれることを信じて小瓶を放り投げた。即座に振り向いて投げられた樹木に備える。
「レオルスさん、どうするつもりなんですかっ!?」
小瓶をキャッチしながら心配そうに叫ぶリアナ。
「リアナは投擲の準備をしろ! こいつは……俺の仕事だ」
正眼に剣を構えて、有する全てのマナを込める。自分だけ避けようと思えば、マナを駆使した高速移動で避けられるが、それではリアナが助からない。リアナは危険を承知でこの状況を打破しようと戦うことを志願した。素性を隠しているとはいえ自分は魔法騎士だ。ならば、この程度の危険、引き受けないでどうするというのだ。大衆のために動いてこそ、己が目指す魔法騎士のあるべき姿だ。
レオルスの強い心に呼応するように剣は青みを増していく。一般的なサイズだったレオルスの剣は、まるで人の背丈ほどの大きさを持つ青い大剣にその姿を変貌させた。青い燐光が大剣の周囲に舞う。
「――ハァアアアアアッ!」
気迫とともに渾身の力で蒼剣を振り下ろす。
激突。
切っ先は樹木とぶつかり合う。一瞬の競り合いのあと、樹木を真っ二つにする。さらにレオルスは剣からマナを解放し、巨大な衝撃波を生み出す。抵抗する蔓を次々に蹴散らして――ついに本体へと届く。一回目とは比べものにならない規模の爆発を起こして、巨木の魔物は大きく後ろに倒れ込む。
「リアナ、今だ!」
あの図体を起こすのに時間がかかることはすでに経験済みだ。リアナが投擲するまでの時間としては十分だろう。一回目よりも切り開かれた箇所に小瓶を投げ込むことさえできれば効果覿面だ。
「いっけぇええええ!」
駆け足で前に出て、その勢いのままリアナは小瓶を力一杯、投擲する。半円を描いた軌道で樹皮から抉られた箇所に小瓶は落下する。
その刹那。一瞬の眩い閃光ののち、みるみるうちに巨木の魔物は炎に包まれた。マナに反応して燃えているため、その炎は青く、周囲に広がる気配もない。
「……す、すごいな」
ある種、幻想的とも思える光景にレオルスはただ惚けるばかりだった。少なくとも今の自分にこんな芸当はできない。自分よりも年下の少女が成し遂げたことにただただ感嘆とするばかりである。
「やりましたね、レオルスさん」
リアナがこちらを向いて安堵の表情を見せる。緊張の糸が切れたのか、不意によろけてしまったのをとっさに支える。えへへ、とリアナは笑った。
(全く……無茶苦茶なヤツだ)
全く以て無鉄砲極まりない。魔物との戦闘は魔法騎士でさえ、油断をすれば命を落とすことにもなりかねない。その覚悟がある魔法騎士ならいざ知らず、ほとんど一般人のリアナが戦闘に参加したいと言ったのだから、それを無鉄砲と言わずしてなんと言うべきか。
当のリアナは少し休んだあと立ち上がり、散らばったまま放置されていた荷物の回収を始めていた。あんな戦いを繰り広げた魔物の亡骸がすぐ近くにあるというのに、存外に肝が据わっている。というより、単に鈍いだけのか。リアナという少女には驚かされてばかりだ。
「これでよし、と」
持参した道具を回収し終わったリアナが戻ってくる。形を残している道具しか回収できず、荷物入れの半分くらいはすっからかんだ。
「だいぶ減ったな」
「壊されちゃった道具とかがいくつかありますからね。でも、このランタンだけは……無事でよかったです」
リアナは愛おしそうにランタンを見つめる。尊敬する母親が錬金術で生み出した道具はリアナにとって母親の形見でもあるのだ。それを守ることができたのなら戦った甲斐があるというものだ。
「それにしてもレオルスさんって、魔法を使えるんですね」
「えっ?」
不意の投げかけにレオルスは間抜けな声を出してしまう。
「いえ、魔法騎士の方でなくても魔法って使えるんだなぁって。訓練とかがいるって前に聞いたものですから」
魔法騎士という存在は当然リアナも知っていた。魔法とはマナを根源として発生する事象の総称だ。レオルスが何度も使ったマナを爆発させることによる高速移動も巨木の魔物に致命的な一撃を与えた青い大剣や衝撃波も全て魔法に分類される。大気中に含まれるマナを特殊な呼吸法で体内に吸収するが、それには訓練を要するため、一般人が魔法をおいそれと使うことは難しい。士官学校では呼吸法を初めとして、魔法騎士に必要な技能を磨いてきた。
「昔、少しかじったことがあって、それで多少は使えるんだ」
「そうなんですか。道理で剣の腕にも覚えがあるはずですね」
ドキリとした感情を押し殺した声で答える。急ごしらえを通り越して無茶のある苦しい言い訳だったが、どうやら信じてくれたらしく一安心だ。
「それで、当初の目的の薬草は手に入りそうなのか?」
とりあえず、話の流れを変えるために目的の薬草の話を振る。元々、薬草を採りに行くためにこの森林を訪れたのだ。不自然な流れではない。
「ああ! そうでした。ここからもう少し奥に行くんですけど、渓流の先にある沢に生えている薬草なんです」
魔物の襲撃もあって、すっかり失念してしまっていたようだ。当初の目的を思い出したリアナがポンと手のひらを叩く。
「まだ奥に行くのか。さらに強い魔物に遭遇しないといいが」
「そうですね……。荷物も半分くらいダメになっちゃいましたし、次はもっと慎重に行動しないとですね」
さすがに同じ轍は踏まないとリアナも自覚しているようだった。レオルスとしても、魔物との戦闘が避けられるならそれに越したことはない。
「それじゃ、日が暮れる前に行こう」
木々によって作られた自然のアーチ状のトンネルを潜りながら、レオルスとリアナは目的の薬草が群生する場所を目指して再び歩き始めた。
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