第6話
鬱蒼と生い茂る樹木によって天空から射す陽の光は遮られ、昼間だというのに辺りは薄暗い。小鳥たちのさえずりどころか動物の鳴き声すらなく、代わりに聞こえてくるのは得体も知れない不気味な息遣いだけだ。
「ずいぶんと不気味な森だな」
「昔はもっと人もいたんですけどね。それにもっと明るかったような……」
ぱきぱきと枝葉を踏む音が響く。リアナが手に持つ自作のランタンがふたりの歩く道の少し先を照らし出す。
「それも錬金術で作られた道具なのか?」
レオルスに尋ねられて、リアナは自慢げに胸を張る。
「はい。普通のランタンは明かりを灯すために油とかの燃料を必要とするんですけど、このランタンは大気中のマナを燃料にしているんです。だから、燃料を補充する必要がないんです。まあその代わりに明かりが少し青っぽくなってしまうんですけどね」
歩く先を照らす明かりが少し青みがかっていたのは、そのせいだったのかとレオルスは納得する。
「しかし、そんな優れた品なら、買い手だってあるんじゃないか?」
燃料を必要とせず半永久的に使えるというならそれは革新的な一品だ。それこそ大量生産を主軸としている魔法工業ではこんな一品を作ることは不可能だろう。金額がいくら高くなろうとも買ってくれる人がいてくれてもおかしくはないはずだ。
「ああ……、実を言うとこれを作ったのは私じゃなくて、お母さんなんです」
ちょっぴり見栄を張っちゃいました、とリアナは付け加える。
「つまり、母親から譲り受けたものだから売れないということか」
「まあ、それもあるんですけど、こういった機構が複雑なものは作るのが難しいんです。今の私じゃどんな材料を使っているとか、どんな手順で作られているとかは分からないんです。でも、今は分からなくても、いつかそれを解明することができれば、きっとお母さんにも近づけると思うんです」
手に持つランタンを見つめながらリアナはそう語る。歩く先を照らすランタンの光はリアナの未来も照らしているのだとレオルスは思う。そんな大切なものはたとえどれだけ高額な値段でも手放すことはできないだろう。
「他にも便利な道具ありますよ」
錬金術の話になって興が乗ってきたのか、饒舌になって持ってきた荷物入れの中にある道具を見せてくる。
「煙が出るものとか、色々あるんですけど……そうですね、これなんかどうですか?」
リアナの手にはひとつの小瓶があり、青色の液体が揺れていた。
「これはなんなんだ?」
「強い衝撃を受けるとそれに反応して青白い光を発するんです。あまりに強い光を放つので、お母さんからは遊び半分で使わないようにって言われていました」
「へぇ。これが……」
リアナから小瓶を受け取って、レオルスはまじまじと見つめる。小瓶の中で小さな波を立てる液体はランタンの光を受けてその青をよりいっそう濃くしていた。
「目眩ましくらいには使えると思いますし、いくつかレオルスが持っていてください。持ち運びにも差し支えないですし」
そう言ってリアナはいくつかの道具をレオルスに差し出す。彼女の言うとおり、手のひらに収まる程度の大きさであれば持ち運びにも困らない。投擲すれば、すぐにでも効果を発揮する優れ物だ。隠し球として所持しておくのは有用だろう。
「そういうことなら、ありがたく貰っておくよ」
リアナは、いえいえ、と言って、それからはたと気づいたような顔をして、
「――と、私ばっかり話してますし、次はレオルスさんの話を聞かせてくださいよ」
そこでリアナは区切りをつけて、今度はレオルスに話題を振ってくる。
(……そうくるか)
内心で冷や汗をかく。きっと師弟関係になったということで親睦を深めようとする彼女なりの配慮だろう。だが、身分を偽っている身としては下手なことを言うわけにはいかない。そんなことをすれば、この師弟関係が破綻してしまう。
どうしたもんかとレオルスが頭の中で考えていたとき――異変は起きた。
突然、森全体がざわめいたような気がした。レオルスがとっさにリアナの前に腕を出して制する。低い唸り声が聞こえてきた。
(……かなり近い)
振動もある。それなりの大きさはありそうだ。それが段々とこちらに近づいてきて……息を潜めてじっとしていると次第に遠ざかっていった。どうやらこちらの存在には気がつかなかったようである。
「危なかったな。あれくらいの鳴き声だと、そこそこ図体はでかいだろうな」
あまりの緊迫感に呼吸まで止めていたのか、リアナが深呼吸する。
「ありがとうございます。さすがは旅人さんですね」
さきほどの魔物を意識してか小声で言う。
「しかし、魔物が多いと聞いた割には全然遭遇しないな」
「そういえば、そうですね」
さきほどは会敵をせずにやり過ごせたが、森林を歩き続けて初めて遭遇しかけたのがさきほどの魔物だった。少し拍子抜けしたのがレオルスの正直なところではあるが、こちらを警戒しているのだろうか。何事もないのなら、こちらとしては願ったり叶ったりだが、それはそれで少し不気味でもあった。
「でも、魔物が出てこないなら、さっさと先に進んじゃいましょうよ」
こんな不気味な森林でも能天気にリアナは先に進んでいく。無意味に怖がられるよりは頼もしい限りだが、仮にもここは魔物が出没する場所だ。いくら魔物の気配がないからといって無闇に進むのは褒められたものではない。
士官学校で口を酸っぱくして言われたことをリアナに伝えようとしたところで――彼女の悲鳴が聞こえたのはそのときだった。
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