第一章

第1話

 列車が目的地であるレクツェイアに到着したのはちょうど昼前だった。続々と乗客たちが列車から降りては足早に去っていく。

「もう少し良い列車を取るべきだったか」

 列車から降りた紺色の髪の少年――レオルス・ハーバントは煙突から空に向かって青い燐光を放出する列車の前で大きく背伸びをした。腰と尾てい骨周辺に鈍い痛みがある。田舎から王都へ、王都からレクツェイアまで列車を乗り継ぐ必要があるため、それなりの出費になってしまう。それを少しでも抑えるため安い列車で来たが、やはり安いだけあって身体には優しくなかったようだ。

「にしても、この軍服は慣れないな」

 次々と列車から降りていく人々とは違う、人目を引くその服装。黒を基調とした軍服でアクセントとして縦に青いラインが入っている。

 士官学校を卒業し、魔法騎士としての正式採用とともに決まった王都から東方にある都市――レクツェイアへの派遣。そのため、まともに着始めたのは数日前からで、まだぎこちなさがあった。

「新米だからって舐められないようにしないとな」

 襟元を整え、気持ちを切り替える。だらしない着こなしでは間違いなく舐められてしまうだろう。しっかりと着こなせば気持ちも入り、様にもなるはずだ。人生の新たな一歩を踏み出すぞ、そうレオルスが意気込んだ――その時だった。

「――ど、泥棒ーッ!?」

 女性の甲高い声が空に響いた。

 周囲の人たちが騒然とする。

 声のしたほうを向くと、初老を迎えた女性が男と荷物を取り合っていた。男のほうはいかにもといった風体で、状況から察するに荷物は女性のものであり、それをあの男が奪おうとしているのだろう。いわゆる、物取りというやつだ。列車から降りたところを狙うのは物取りの常套手段である。

 事態を把握した乗務員が取り押さえようと駆け寄るが、それよりも早く物取りが荷物を女性から奪い取り逃走してしまう。物取りの常習犯だろうか。物取りの男の手際は良く、足は思った以上に速かった。これでは逃げられてしまう。

「……この手の下賤な輩はどこにでもいるんだな」

 半ば諦観にも近いため息を吐いて、レオルスは女性へと近寄る。安い列車に乗っていた乗客にしては仕立ての良い服を着ているのが少し不思議に思えたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「大丈夫ですよ。荷物はすぐに取り返します」

「でも、もうあんな遠くに……」

 自信有り気なレオルスの言葉に女性は生気のない声で応じる。よほど大事なものでも入っていたのだろうか。いや、どんな持ち物であっても持ち主にとっては大切なものであることには変わりない。

 すでにレオルスと男の距離は数十メートル。現在進行形でその距離は大きくなっている。全力疾走したところで追いつけるかどうか怪しい。しかし、そんなことは問題ではなかった。それはあくまで一般人の基準であり、レオルスには当てはまらなかった。そもそも、レオルスは走って追いかけるつもりなど毛頭ない。

 スーッと――。全身の力を抜いて、全神経を研ぎすませる。腰にぶら下げた鞘に収めている剣の柄に手をやって前傾姿勢を取る。剣全体にマナが満ちるイメージをより強固なものにしていく。

「――ハッ!」

 気迫とともに鞘から一気に剣を振り抜く。半円を描く剣の軌跡に沿って剣から生まれた青い衝撃波が物取りに目がけて直進する。人の走るスピードをはるかに凌駕したそれは瞬く間に距離を詰めて物取りに直撃する。青い爆発が起きるとともに物取りと女性の荷物が宙を舞う。物取りから荷物を離すことはできたものの、このままでは荷物に傷がついてしまう。

 だが、そんなことはレオルスにとっては予想していた範疇の出来事にすぎない。今度は両足の裏にマナが行き渡るのをイメージして、一気に駆け出す。足の裏で小規模な爆発を起こし、それを利用して加速し荷物の予測落下地点に先回りする。

 荷物を傷つけないようにキャッチする。そのすぐ隣で物取りが落ちてくる。辺りに硬質な音が響く。背中の痛みにのたうち回っているところを遅れて駆けつけてきた乗務員に取り押さえられる。

「くそっ! もう少しだったのに!」

 物取りは痛みで息絶え絶えになりながらも、憎々しげな目をレオルスに向ける。

「貴様のような下賤な輩を取り締まるために我々、魔法騎士がいる。よく覚えておけ」

 物取りの男の視線に屈せず、レオルスは毅然とした態度で言い放つ。物取りの男は抵抗しながらも、乗務員によって駅舎に連れていかれる。もうしばらくもしないうちに管轄の魔法騎士に引き渡されることだろう。

「はい。荷物です。ちゃんと取り返しました」

 物取りの男が連行されることを確認し、レオルスは抱きかかえた荷物を女性に届ける。半ば呆然とした様子だった女性はその荷物を受け取った途端、顔をほころばせて目尻にわずかに涙を浮かべた。

「ありがとうございます! 大事な物だったんです」

 一心に荷物を抱きかかえる女性の姿を見て、レオルスも取り返した甲斐があったと思う。

「あの、よろしければお名前を」

「レオルス・ハーバントと言います。――と、すみません。このあとに用事が控えているので失礼します」

 不届き者を成敗することも魔法騎士の務めではあるが、今の目的はそれではない。一礼すると、レオルスは急ぎ足で去っていく。去り際に女性がなにかを訊こうとしていたことには気づかなかったようである。

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