お砂糖さん
白藤 桜空
第1話
月明かりと街頭で仄明るい真夜中の公園で、一人の青年がベンチで煙草を吸っている。スウェット姿のその男は無精ひげの生えた顎を撫でながら思考に耽る。
(そろそろ就活始めねぇとなぁ……。でもめんどくせえなぁ。)
男は澱んだ目で公園を眺めていると、ふと自分以外の存在がいることに気付く。
その影は砂場で小さくうずくまり、もぞもぞと何かをしているようだ。男は目を凝らして影の正体を探る。
それはどうやら小さな女の子のようで、一人砂遊びをしているようだった。男は女の子の周りを一通り見回した後、煙草を携帯灰皿で消し立ち上がる。
「こんばんは、お嬢ちゃん。こんな夜中にどうしたの?」
男は女の子に話しかける。女の子は真ん丸な目をこぼれ落としそうにしながら男を仰ぎ見る。
「おじさん……だぁれ?」
「おじッ……いや……おじさんはね、佐藤って言うんだ。ねぇお嬢ちゃん、お父さんお母さんはどうしたの?家まで送ろうか?」
「さとう……お
「え?変じゃないよ、普通だよ。」
「うふふ。おじさん?あたしね、ずっとまってるのよ。」
「待ってる?誰をだい?」
「ないしょ!ね、おじさんいっしょにあそぼ!」
そう言って女の子は佐藤を手招きする。佐藤は彼女の勢いにたじろぐ。
「えぇ……まぁ、暇だからいいよ。待ってる人?が来るまでは付き合うよ。」
「わぁ、ありがとう!おさとーさん!」
「いやだからね……ま、いっか。」
そうして二人は時間を忘れて砂遊びに興じる。気付けば空は白み、砂の色もはっきりと見えるようになり始めていた。
「あ、もうこんな時間か。お嬢ちゃん、お迎えの人は?」
「うーん、来なかったね。じゃあまたあそんでね、おさとーさん!」
佐藤はその言葉に振り返る。彼女は声だけを残して瞬く間に消えていた。
「最近の子は足が早い、のか?……どうせしばらく暇だし、たまには顔を出そうかな。」
そう言って佐藤は体の砂を払い、目に染みる朝焼けの中帰路に着いた。
それからしばらく、佐藤と女の子の夜の砂遊びが続いた。佐藤はいつも気まぐれに公園を訪れていたが、女の子は示し合わせたように必ず砂場で待っていた。たまに砂場以外でも遊ばないか誘ったが、彼女は頑なに首を振るばかりだった。次第に何も気にすることなく、ただ彼女と共に童心に帰るだけになった。
ある平日の夕方、面接帰りの佐藤がいつもの公園の側を通ると、子供たちの声で賑わっていた。つい習慣で砂場を覗くと、彼女がポツンと一人で遊んでいた。その姿はあまりにも寂しそうで、声くらいはかけようかと佐藤は立ち止まる。だが、ある違和感を感じて硬直する。
周囲の人間が砂場にいる彼女をそこにいないように振る舞っているのだ。いや、そもそも気付いているそぶりすらない。彼女は彼女で人々の様子を虚ろな目で見つめるばかりであった。
佐藤は脂汗を滲ませて、震える足を鼓舞して自宅へ急いだ。
その日の夜、佐藤はもう一度公園を訪れる。日中見たのはきっと勘違いだったのだ、と自分を信じ込ませて、いつも通り砂場に直行する。
それを目敏く見つけた女の子が満面の笑みで声を上げる。
「!おさとーさんだ!こんばんは!」
「あ、あぁ……こんばんは……。」
女の子は佐藤の煮え切らない態度に小首を傾げる。
「おさとーさん、どうしたの?おからだわるいの?」
「や、それは大丈夫なんだ……。えっとその、お嬢ちゃん。」
佐藤の呼びかけに女の子は真剣な様子で耳を傾ける。その無垢で信頼されている態度に言葉を続けて良いものか悩む。ええいままよ、と勇気を振り絞って問いかける。
「お嬢ちゃん、俺ね、たまたま夕方にここを通ったんだ。そしたら君のことを、その、皆は見えていないようで、どうしてな……ヒッ?!」
彼女を伺い見た佐藤は息を呑む。彼女の目は煌々と光を放ち、佐藤を見定めるように射抜いてくる。砂場にへたり込んだ佐藤は、彼女と同じ目線になる。
「おさとーさん。あなたはとってもいい人ね。やさしくてあそんでくれて、お砂糖みたいにあまい人。ね、だから、正直にこたえてくれるよね。……あたしのこと、すき?きらい?」
「え、え?も、もちろん嫌いじゃないよ。」
「じゃあ、すき?」
「う、うん、好きだ、と思うよ。」
「じゃあ、あたしとずっとあそんでくれる?ずっといっしょにいてくれる?」
佐藤は彼女の言葉に生唾を飲み込む。脳から危険信号が鳴り響いていたが、彼女の有無を言わさぬ目に気圧されて無意識に言葉が流れ出る。
「君がそれを望むのなら。」
その答えに彼女はにっこりと微笑む。ハッとした佐藤は慌てて口を抑える。
(俺は今、何を言った?そもそもこの子は、誰なんだ?)
佐藤は彼女の顔を見つめるが、どうしても今までの彼女の顔が思い出せない。今も確かに見ているはずなのに、靄がかかったように彼女の表情が分からない。ただ一つだけ分かるのは、彼女が嬉しそうに話していることだけだった。
「あぁうれしい。やっと来てくれたのね。ずっとまっていたのよ。さ、いっしょにいこう?」
彼女の言葉を合図に佐藤の足が強い力で引きずられる。佐藤は自分の足を見る。するとそこには小さな白い骨の手が掴んできているではないか。佐藤は悲鳴を上げて、それから逃れようともがく。だが小さな手は、さながら蟻地獄のように佐藤を引きずりこむ。
そのまま佐藤の阿鼻叫喚は夜の闇に飲み込まれていった。
「これで、一人ぼっちじゃなくなったよ。ありがとう、さとうさん。」
数年後。
公園の砂場で深く掘る遊びをしていた児童が、白骨化した人骨の手を見つける。すぐに警察が呼ばれ、砂場を鑑識することになった。
するとそこには、最初に発見された手の持ち主である男性の遺体だけでなく、女児の遺体も見つかった。男性よりも女児の遺体の方が古く、併せて数本の煙草の吸い殻が発見された。警察側はこれを犯人のものと仮定してDNA検査をし、男性の遺体と照らし合わせたが、一致することはなかった。
警察はこの男性を女児の事件に巻き込まれた被害者として扱い、またこの時の煙草の吸い殻から女児の誘拐と殺害、遺体遺棄の犯人を特定し送検した。
この事件は偶然の発見により解決と導かれた。……ただ一つの謎を残して。
この犯人は女児の事件は認めたが、男性の殺害は否定したのだ。しかもその言葉を裏付けるように、男性の遺体からは犯人のDNAは一切見つからなかった。
唯一、足首に女児のDNAだけを付着させて。
お砂糖さん 白藤 桜空 @sakura_nekomusume
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