第6話

「好きな色は?」

「青、もしくは水色」

「好きな果物は?」

「さくらんぼ」

「好きな季節は?」

「春…いや、秋、かな」

「朝、昼、夜、好きな時間帯は?」

「夜、ですかね、」

「別に三択で回答しなくてもいいよ」

「でしたら、夕方」

「好きな楽器は?」

「え?ピアノ?弾けないですけど」

「好きな音楽は?」

「え、と、それってジャンル?邦楽以外聞かないんですけど」

「好きな歌手は?」

「…最近は××××。流行ってるでしょ」

「好きな飲み物は?」

「今はイチゴオレがブームなんです」

「好きな作家は?」

「雑食です。何でも読みますよ」

「好きな場所は?」

「場所?考えたことないですが、しいていうなら部室?」

「好きな教科は?」

「そりゃ美術部だし、美術でしょう」

「海と空と、あと土と、どれが好き?」

「はい?空です」

「夢と現実と空想と、理想、どれが好き?」

「質問の意図が…」

「直感でいいよ」

「え、と、ゆめ、?ですかね」

「昨日と今日と明日、好きなのは?」

「昨日」

「何をしている瞬間が好き?」

「美術部ですからね、やはり絵を描く瞬間が」

「誰と過ごす時間が好き?」

「だれ、えと、」

「誰のことが好き?という解釈でもいいよ」

「だれがすき?」

「そう、いるでしょ、好きな人くらい。友愛でも恋愛でも親愛でも、なんでもいいんだけど」

「…でしたら普通に友愛で。何時ものメンバーと話しているのは楽しいですよ」

「ふーん」

 淡々とされていた一問一答が唐突に途絶えた。コトバケはつまらなそうに吐息をつく。

「まぁ、だいたい分かったよ」

「わかったって…」

「今の答えの大半は不正解だ」

「不正解って…こんなものに正解も何もないでしょ」

「そうだね、単に好きなものを答えられていたらそうだったね。でも、そうじゃなかったよね。それは君が一番わかっているでしょ?」

 何がだ。私には何もわからないのに。

「君が答えた好きな教科も、好きな場所もー好きな人すら、客観的に美術部で、女子高生で、大人しくてって、そんな人物が答えるとしては至極自然だね。自然すぎた。因果関係が綺麗に成立していて、説明がとても簡単」

 でも、そうじゃないはすだと彼は続ける。

「君がきっちり答えられたものなんて、好きな色とか、まぁようは選択肢が明快でどれを答えても問題がなさそうなものばかりだ。ああ、質問の意図が分からなかったものも、多分本当だね。言い訳しようがないから」


 ーいったい、誰に、何に、認めてもらいたいんだい?


 静かな声でコトバケは問う。

「わたし、は…」

 私は、どうなのか。その先が続かない。誰に認めてもらいたいって、それに明確な解答なんてなかった。ああ、そうだ、だって、好きな人すら分からなかった。私は顔も声もない、漠然とした“みんな”に怯えていた。

「それって、君の気持ち以上に、価値があるものかい?」

 わからない。わからない。

 だけど、私の気持ちがそれほど価値があるものだとも思えない。

 それでも、ああ、好きなものを好きともいえない。そのことがひどく苦しいことだということは知っていた。

「たいして好きでもない飲み物を好きだと言って、お金をつかって、飲み干してみたり、好きでもない音楽を聞いて時間を費やしてみたり。むなしくはないかい?」

 むなしい、むなしいとも。けれども私のむなしさがいったいなんだというのか。それこそ誰にとっても価値のないものだ。

「誰かにとってどうかじゃないよ。君にとってどうかだよ。それがないから、君の言葉は薄っぺらだ。偽物だ。借り物だ。だけど、ねぇ、そうじゃないはずだ。君が描いた空は綺麗だ。君がノートに書き留めたものは多分君の大切なものだ。そうだろう?」


 ーそれを自分で貶めるようなことをしちゃあいけないよ。


 柔らかな、やわらかな声だった。

 責めるような色を含みながらもコトバケは丁寧で優しい響きで話していた。私とは違って温度のある言葉にもはや、何も言えなかった。

 彼の質問にすら答えられない私の浅はかさでは、口をつぐむしかなかった。

 彼が言ったとおりだ。何時からか、好きなものを自分で選びとることも、好きという気持ちを守ることもできなくて。誰もが肯定してくれる何かを好きなふりし続けるのは驚くほど楽だった。

(だって知っている)

 一番難しいことは、好きになることではない。好きで居続けることだ。

 それができなくて、そのくせなかったことにしたくもなくて、私は言えない言葉の数々をノートにぶつけて、絵にぶつけた。

「ねぇ、覚えておいて。君が好きなものを大切にしてくれるのは君だけだよ。だから、誰かに言い訳することも、認めてもらうことも必要じゃない。好きなものは好きだとそれだけでいいんだよ」


 さぁ、もう一度考えてみて。

 思い出して。君の好きなものはなぁに?


「あ…わたしは、私は、本当は流行りの歌は苦手で、○○○○っていう落ち着いた歌手が好きで、飲み物は甘いものより、コーヒーとか紅茶が好きで、好きなことは、絵を描くことです。空の絵がお気に入りでー」

 ぽろりぽろりと、溢れる言葉。それがココロだと私にはわかっていた。

 下手くそで、とりとめのない好きなもの語りを、コトバケは黙ってきいてくれていた。

 誰かに無防備な感情をぶつけるのははじめてで、苦しくって、でも悪くはなくて。


 問1 私の好きなものは何か。

 不正解、再テスト。

 配点基準ー好きであることが真ならば全て正解とする。


「さぁ、今日はここまで。また明日はなそう」


 その日から、私とコトバケの奇妙な放課後は、はじまったのだ。

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