第弐話:転生先で貴族令嬢として生活を満喫する:中篇
――
自分が上司になる。
新入社員の時は遠い未来に感じたものだし、本当に来るのかなと思っていた。
んで実際に自分が上司と呼ばれる立場になった時は最初は全然実感も自覚も無かったし、仕事を進めるとは別の苦労をしたものであるが、その代わり色々な醍醐味を味わえた。
「詰みです、キョウコお嬢様」
そんな私の思考を遮るトオシアの言葉、トオシアが指した盤上を見る。
「流石ね、負けました、これで5連敗か、こういう時は接待しなさいよ~」
「それをお望みではないと判断しましたので」
「ま、そうだけどね、何処が悪かったのか教えてもらっていい?」
「はい、でも私でいいんですか? 私の棋力は出身の地方で一番というぐらいでプロには遠く及びません、キョウコお嬢様ならプロどころかタイトルホルダーを教師として招くこともできますのに」
「そういう堅苦しいのは嫌なの、まあ付き合いなさいよ、女同士水入らずでね」
と言いながら、そうですかと、最初から駒を並べなおすトオシア。
知的趣味、と自分で言うなとは思うが、こう見えて転生前は将棋が好きだったりする、運の要素が無い戦略と戦術のみのゲームだからだ。
この世界にも似たようなゲームがあって興味を持ち、暇さえあれば定石の勉強をしていた、トオシアが地方大会で優勝経験者ということでこうやって教えてもらっている。
さて、さっきの話に戻ろう、上司というのは自分の方が立場が上であり、職務を行う上で下は上の指示に従う、何故なら相手は社会的に上位の立場にあり、逆らうのは自分自身に不利益を被るからである。
さてそれを踏まえて先ほどの続きを話すが、その上司として立場を得た時の醍醐味が一つであるのがこれだ。
自分より能力が上の部下をどう運用するか、という点だ。
トオシア・パルスコフィン。
彼女は出身は公国の首都ではあり、立場はラニと一緒の庶民。
だがルカンティナ公国の最高学府を卒業した才媛である、学力だけではない仕事の正確さ、速さ、頭の良さ、機転も利き、更に世渡り上手で度胸もあり、物怖じもしない、おまけに端麗な容姿を持っている。
つまり全てにおいて自分より上であるということだ。
彼女を見るとかつての部下を思い出す。
その部下もまた、日本の最高学府を卒業してきた人物だった。
学歴主義についての見方、これは学生の時と社会人の時で変わった大きな見方の一つだ。学生の時は否定的だった、学歴だけで人は決まらないなんて思っていたっけ。
学歴で人は決まらない、だけどそれは自分の評価を自分で決められる学生(こども)の話、社会に出るのは自分の評価を相手にゆだねることになるからだ。
つまり社会から見ると高学歴とはすなわち「学生の仕事である勉強について努力をして結果を出した有能な人材」であるという評価だ、故に高学歴者は就職活動では有利なのだ。
そして現実問題、高学歴者を見てみると「勉強ができることは仕事ができると同義」であると判断していい。振り返ってみても確かに一流大学に合格した高校の同級生は明晰な頭脳だけではなくひたむきに努力を重ねていたし、近況を聞くと高確率で高地位高収入を得ている。
だがその分その部下は「最高学府への偏見」に苦しんでいたこともあった。例えば同じミスをしてもその部下がミスをすると周りからはこう言われる。
――「アイツ、最高学府を卒業している癖に使えない」
トオシアもそんな偏見があったかどうかは分からないが、苦労をしていないということはありえないだろう、だからこそ彼女は見立てのとおり私たちの中では一番の努力家であもあるのだから。
んで彼女は単純な能力値考えても私を含めて全員より上だし、そして本人もまたその自覚はある。
つまり彼女は「自分より能力が下の人間の下につくということになった」のだ。
「さて、お嬢様、そろそろ社交のお時間です、段取りはいつものとおりでよろしいですか?」
「ありがとう、いつも助かるわ」
「それでは失礼します」
と招待客の名簿を取り出すと真剣な顔で読み始める、これは招待客の顔や家柄や序列や趣味趣向を覚えるためだ。
社交にはたくさんのルールがあるが、特に顔と家柄と序列の三つは間違えるだけで大変な失礼にあたる、これは公爵家といえど例外どころか見本として出来なければ話にならない、社交を開催するたびに皆苦労することでもある。
リズエルやラニはもちろん私も苦手な分野だ、だからか能力を駆使するという部門について彼女は頑張ってくれている。
そして十分後「終わりました、キョウコお嬢様」との言葉で、他の侍女達と一緒に自室で着替えを行い、社交界に参加する手筈がすべて整う。
私にとって彼女を採用するのは一つの賭けだった。
別にそれは自分よりも有能だからという意味ではない、彼女の能力はもちろんだが「評判」知っていたからだ、その上で面接を行った際「もしかして」と思ったから賭けに出たのだ。
この「もしかして」が外れればこっちも大きく被害を被るが、当たれば見返りが大きいと判断した。
さて、そんなこんなで侍女達を伴って参加したわけで、その賭けの内容についてだが……。
――社交界
「本当に君は、物を知らないなぁ~」
と鼻の下を伸ばした紳士の声が聞こえる、その相手は……。
「テヘッ♪」←おでこに手をコツンするトオシア
「「「…………」」」←自分達
「えぇ~、そんなことも出来ちゃうんですかぁ~、凄いですぅ~」←ボディタッチ
「べ、べつに大したことはないよぉ」←鼻の下を伸ばしている別の紳士
「「「…………」」」←自分達
「もう! そんな意地悪ばっかり! 知らない!」←頬を膨らませる及びアヒル口のコンボ
「か、かわいいぃ~」←さらに別の紳士
「「「…………」」」←自分達
「私、甘えんぼだから、ギュッとしたりくっつくの大好きで、直さないと思っているんだけど」
「そ、そのままでいいと思うよぉ~」←以下略
「「「…………」」」←以下略
そう! ハイスペックハイパーぶりっ子女なのである!
――
「はい、緊急対策会議を開きまーす」
社交が終わった後、用事(おとこあそび)があると言い残して一足先に帰り、自室にて私を議長とした会議を開くことになった。
「まず2人に聞きたいの、まずトオシアの評判、知らない人っている?」
「「…………」」←2人とも目を逸らしている
「了解、ありがとう、はい私もカミングアウトします。まず私は侍女を採用するにあたりトオシアの評判を知っていて採用しました、んで彼女がただのぶりっ子じゃないってことも知っていて採用しました、この点についても知ってる?」
「「コクリ」」
ただのぶりっ子ではない、彼女はハイスペックハイパーぶりっ子女であると同時に。
サークルクラッシャー女なのである!!
サークルクラッシャー女。
男達を手玉に取りサークルの人間関係と崩壊させるジョーカー、この女の魔の手にかかると男どもは「この子は俺のことが好き、だから守ってあげないと!」という思考に汚染され、愚かな行動を繰り返す死に至る病にかかるのである!
彼女もまた学院生時代からずーっと男達を引っ掻き回すことは有名で、二股三股も平気でやってのける女なのである。
さて、そんな女をどうして採用したのかについてだが、それよりも先に確認しないといけない。
「さて、ぶりっ子というものについて、まあ色々思うところはあるとは思うし、私自身もある、故に深くは聞かない、ここで聞きたいことは一つ、彼女、どうよ?」
さて、この2人、どう答えるのかなと思ったが……。
「私はあそこまで振り切った感じのぶりっ子であると特に問題ありませんね」
まずはラニはあっさりと言ってのける。
「リズエルは?」
「私も特にありませんよ「ああ、ぶりっ子しているなぁ」って思うぐらいです」
「…………」
レスポンスを考えると嘘とは感じられないが、上司である私の言葉だからなぁ。
「本当に本心? 私が聞いているからって無理して答えていない? って聞かれても「はい」としか言えないと思うから、具体的にどう大丈夫なのか言って欲しいの」
私の言葉に、2人は顔を見合わせるとリズエルが話し始める。
「実は私、トオシアさんとは侍女になる前から付き合いがあったんですけど、その、私は、悪口を言われることも多くて、嫌な思いをいっぱいしているんです」
「…………」
他人のことを色々言う人間は絶対に存在するし、私自身は悪癖だと思っているが、むしそれが仕事と言わないばかりの姿勢を取る人物も多い。
これについては性別は関係ない、ドロドロとした人間関係は女同士に限った話ではない、男同士の人間関係も普通に聞くし、そういった人間関係の嫌な部分もたくさんあった。
特にビジネスの場になると、人間関係ではなく利害関係となるため、それがより顕著になる。転生前に会社の対外折衝を担当していて政治家も裸足で逃げ出すぐらいの保身や嘘は当たり前とは冒頭に述べたとおり。
そしてリズエルは生まれ持った才能(もの)であろう人柄の良さが好かれる、故にこれを「努力してない癖に」と悪口を言われることは多く、私も何度も耳にした。
リズエルは、小さく首を振る。
「でも、そんな時、トオシアさんが助けてくれたんです、その、やり方は、凄かったですけど」
「やり方?」
「その、相手の男を寝取って、恨みを自分に向けさせたんです」
「うわぁ、それは凄いわね」
「それ以降、私を色々言う人は、トオシアさんの近くにいると危ないとばかりに離れていきました。思えば誰も助けてくれなかったとき唯一助けてくれた人がトオシアさんで、それで礼を言ったらこんなことを言われたんです」
――「相手が上流だと私じゃ無理だからね、だから信用できそうな上流の人がいて、その人に近くにいることが許されたのなら、その人を頼りなさい」
――「で、でも、私なんて」
――「大丈夫、何故なら貴方もその人を頼ってくれると思うから」
「そんなことを言ってくれました、お嬢様のスカウトを受けたのは、トオシアさんのこの言葉が大きかったんです、だから優しい人だな、って思います」
「か、かっこいいね、えっと、ラニは?」
「私はトオシアとは、侍女になってからの付き合いですが、私は「自分のやりたいようにやらせると良いコストパフォーマンスを発揮する」のですけど、それってリズエルと同じで色々言われるんですよ、面倒だからと無視すると余計に相手を怒らせるんですよね」
「ふんふん、それで?」
「その私の面倒な部分を全部背負ってくれているんです、そのおかげで私の評価が何故か上がったほどですよ、私は何もしていないし変わっていないのに驚きました、あれだけ私のことを色々言った部隊の上司が掌返しをするほどに」
「……なるほど」
「故に私は嫌うどころか、他人の評価を変えることができる出来る力量に対して好感を持ち、敬意を払っていますよ、それでお嬢様」
「なに?」
「私からすれば、お嬢様が採用した理由の方が興味深いのですが」
「…………」
私が彼女を採用した理由、それは……。
「貴方達の今言った話がそのままの理由よ」
「え?」
サークルクラッシャーの定義は先に述べたとおりであり、男を手玉に取るというのは事実であるが、それは言い方を変えると。
「人間関係能力の達人ということ、そして同性に蛇蝎の如く嫌われても、人生を謳歌できる精神力は伊達じゃないと思ったの」
当然のことだが、自分が被害に遭う可能性はもちろん考えていた。
だが繰り返す、彼女はぶりっ子でありサークルクラッシャーではあるが、それこそ王国有数の有能な実力者であり、一言で言えば「空気が読める女」なのである。
何が言いたいのか。
つまり「キョウコサークル」をサークルクラッシャーすることが「自身にどれだけ不利益を被るのか」といったことについて彼女は理解できるのかということだ、これが私の賭けだったのだ。
そんな私の説明を聞いてリズエルはおずおず手を上げる。
「私の彼氏が、対外折衝する時にトオシアさんと一緒に仕事することが多いんですけど、相談されたんですよ」
「な、なんて?」
「自分はトオシアさんに嫌われているんじゃないかって、何か失礼なことをしたんじゃないかって、何か言っていなかったかって気にしてたんです」
リズエルの彼氏によると、自分に対してボディタッチはもちろんのことぶりっこは一切せずに、精々会釈程度。更に会話も必要最低限どころか「必要以上に話しかけるな」というオーラを発しているという。
仕事は問題なく、非情に有能であるが故にやりづらいわけではないが、他の男と露骨に態度が違うため、そう思ったそうだ。
そう彼女は私達3人に関わる男は完全な塩対応なのである! それは彼氏だけにとどまらない、関係する男全てである!
異性関係によりどれだけ人間関係が「歪む」かは、それこそ巻き起こした彼女自身がよく分かっているのだろう。
「それで、彼氏にはなんて答えたの?」
「大丈夫だよ、むしろ仕事が丁寧って言っていたよって返しました、これはまあ、本当にそう言っていたので、嘘はないです」
「恐ろしい、私達だけ被害にあっていない、という部分が恐ろしいわ」
「だから私はむしろ、優しいし、凄く頼りになる人だなと思います、まあ、喧嘩して勝てる気はしませんけど」
「同感ね、ということで、今後もトオシアは侍女として頑張ってもらうことで異議なし?」
「「コクリ」」
とそんなこんなで、トオシアは今後も有能な右腕として尽力してもらうことになった。
んで緊急対策会議の後、さり気なくこのチームについて聞いてみたら。
「居心地がいいんです、今までで一番、だからキョウコお嬢様には感謝しています」
とのこと、居心地がいい、この言葉に嘘はない。
だからこそ、被害が及ばない、それにこの子と組んでいると、色々と勉強になることもなるし、助かるのは本当に事実なので、とりあえず侍女としての勤務評価は最高評価をつけており、自分の裁量で給料も弾んでいる。
こうすると私が自分のことを高く評価してくれているというのが目に見えてわかる、だから頭のいいこの子は、それもちゃんと理解して、このチームのために頑張ってくれる。
Q「貴方にとって男は何ですか?」
トオシア「嗜好品、ですかね」
((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル ←自分
――
花も恥じらう乙女と呼ばれて幾星霜、自分に恥じらっていた花も気が付いたらいなくなっていた @GIYANA
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