第壱話:転生先で貴族令嬢として生活を満喫する:前篇



 ラト公爵家、ルカンティナ公国で司法王の異名を取る当主タダクス大審院院長率いる法の一族、司法の頂点。


 家族も法律に関わる仕事の要職独占しており、裁判官だけではなくて、検事や弁護士と言った職業の有力者をそろえている。


 法治国家において法を独占する責任、それは国家の秩序を保つ役割が与えられ、その役割を果たし続けている、四大貴族の名に恥じない功績を出し続けている。


 とはいうものの私はあの駄天使が言ったとおり責任はない。


 ただ責任が無いという意味は家業の中枢に関わることはないといったことだ、そういう意味で若干退屈なのは事実、仕事はストレスもあったけど、なんだかんだで愛していたからなぁ。


 さて、固い話はそれぐらいにして……。


 私はモットーは人生を楽しむことである、たった一度しかない人生を楽しまないのは損だ、まあ私の場合は転生したから二度目だけど。


 そのモットーの中でやってみたかったこと、それは。


 プライベートの強化である!


 ルカンティナ公国が豊かな国であるというのは述べた通りだが、国が豊かになるというのはサブカルチャーが発展するということである、つまり「国民が娯楽に金が使える国」ということだ。


 仕事は愛している、だけど仕事だけの人生は絶対に嫌、んで今はその仕事をする必要はない、となればやりたいことをやりたい放題やる。


(責任のない立場というのなら、思う存分楽しませてもらいましょうか♪)


 そんなわけでまず、手を付けたことはプライベートスペース、つまり自室からなのだが。


「おい、所従(下男の意味)」


 と庭でぼーっとしていた男に呼びかける。


 っと、いきなりこんな態度が訳があるので誤解しないで欲しい、というのは。


「はい、ルイネお嬢様、いえ、キョウコお嬢様と呼べばいいんですよね、まだ慣れないなぁ、はっはっは」


「はっはっはじゃないわ」


 と笑うのはロルカム、そう私を間違って転生させた張本人だ。


 転生させた人物はパートナーとなるということで、この半裸のイケメン駄天使は、人間世界に身を落とし私を補佐することになった。


 という名目での厄介払い、リストさん、気持ちは分かりますが、部下を育てるのもまた上司の役割だと思うんです。


 とはいえこのロルカムという男、私は仕事は責任があるからこそ面白いと思うのだけど、全員がそうではなく、彼はその典型例だ。


 んで、ロルカムをどう運用するかについてだが、要はロルカムは「指示されたことのみやる」ということでそこから幅を広げる出来るというスタンスではない、故に簡単な仕事をさせると形という意味で自分専属の所従という形で落ち着いた。


 これが所従という形ではなく、召使にしてしまうと、なまじっかイケメンだから、男を連れ込んでいるとか噂を立てられる。


 もちろん若いイケメンは人並みには好きだと思う、だけど私は、酸いも甘いも知った男同士だからこそ生み出される円熟味のある絡みが大好物なのである。


 ちなみにロルカムに与えた仕事は、解説役、聞かれたことだけを話せばいいだけの簡単なお仕事、それともう一つ仕事を与えてあるのだ。


「私が頼んだやつはちゃんとやった?」


「はい、いつものとおり橘さんの部屋に転送しておきました」


「よし、次はいつもの私の普段の指示事項の復唱!」


「はい! 指示されたことはちゃんとやる! 特に何もない時は好きなように過ごしていい! ただし迷惑をかけないように常識をもって振舞うこと! 呼び出しには即座に応じること!」


「よろしい、別命あるまで待機」


「はい!」


 ちなみにロルカムはちゃんと他の所従に比べて公爵家の所従として身なりのいい格好をしており、当然翼は隠している。


 イケメンという事で、一瞬女性使用人たちは騒いだが収まるのも一瞬だった。


――「あ、ああ~! あの人ね! うん! カッコいいけどね→、はは⤵、勿体ないよね↓」


とのこと。


 本人はそんなことを気にせず、リストさんが言われたことだけしかやらないと怒られるのは嫌だったらしく、私がそれを怒らないとわかると従順なものだった。


 ということで、私は自室に戻る。


 ルカンティナ公国の首都に本宅が存在するラト公爵家は、その権威を誇示するかのような大邸宅だ。


 自室も当然に日本で屋敷と言われるぐらい広く、当然に1人では管理できないので、その部屋の維持も侍女の役割となる。だが私は自分の部屋を2部屋に定めてそこだけは自分で全て管理している。


 なぜそこまでする必要があるのか、それは……。


「~♪」


 部屋に入った瞬間に笑みがこぼれる。


 私の部屋は壮観、まさに壮観!!


 そう、圧倒的な漫画の量とラノベの量なのである!!!


 ジャンルはBLから正統派恋愛物、逆ハーレム物といった女性向けが多数を占めるがそれだけではない。少年漫画や青年漫画だって収集している、男は意外に思うみたいだが普通に作品として単純に好きなものも多いし、BL好きとしても狙った展開ではない「天然ごっつぁんネタ」も多いのである。


 何故こんなものがたくさんあるのか、答えは簡単、間違えたお詫びとして、スキルが駄目なら物を要求したのだ!


 当然代金は全て向こう持ち、欲しいものを紙に書いて渡して買ってこさせており、自分の部屋に転送させているのだ。


 その中でアニメやゲーム、スマホといったものも要求したが、不可能ではないがこの世界の「バランスブレイカー」となるらしく、少し様子を見させて欲しいとのことだった。


 つまりはまだ向こうの信用を勝ち得ないと言ったところだ、これは当たり前。だがあの感じからすれば、信用を得られれば、更なる交渉の余地はあるという事だ、だから今はこれでいい。


「今の段階だと、コスプレにも挑戦してみたいんだよねぇ~」


 新しい趣味にも手を出してみたいヲタク趣味はの筆頭がこれ、ネットでは割と見るが、ネットに公開するだけあって女はスタイルに凄い気を使っているし、顔だっていい人物が多い、故に晒される怖さがあったから手を出せないでいた。


 だが、今は違う、顔は美人となりスタイルも良くなったから色々なキャラに挑戦できる、だけど露出がなぁ、ネットで公開することによって別の怖い話も色々ある、個人や小さい範囲内で楽しめるまでにしておける。


 私は裁縫はまるで駄目だから、既製品を持ってこさせようかな。


 ちなみにこの部屋の物については部屋の施錠をしているが、バレてもそこまでダメージはない、侍女達には何があるかぐらいは言ってあり「大事なものだから勝手に動かさないで」というレベルでしか言いつけていない。


 まあ見られたところで、私は転生してからずっと「日本という失われた古代文明の研究をしている」という学問の徒として通しており、その中で日本文明の娯楽のカテゴリーに属する遺物を復元したものを集めて個人でも楽しんでいると言っているのだ。


 とまあ説明はこれぐらいにして。


「とうっ!」


 とポポーイと部屋着に着替えて巨大ベッドにダイブするとごろごろと転がり、漫画を鷲掴みしてごろごろと転がり漫画に囲まれる、今日はもう予定は特にない、思う存分漫画を読み、菓子を摘まみ、寝たくなったらそのまま寝る、そんな古代ローマの上流並みの自堕落っぷりよ。


 よきかな、よきかな、緩める時にとことん緩めるってなんでこんなにも気持ちいいんだろうか。


 自分の好きなことに没頭する人生、仕事も楽しかっただけど仕事だけの人生は絶対に嫌、今は仕事はないから、ひたすらに趣味に没頭したかった。


 ルカンティナ公国も日本と同じ、大人になったことにより「責任」の対価として「自由」を得た。人生これからが本番だ、こんなチャンスは二度とない、自分の立場を使って思う存分楽しむ、色々とやりたいことは計画してあるのだ。


 くっくっく、っといけない、いけない。


「おーーほっほっほっほ!!」


 とそこだけは貴族令嬢らしく、ベッドで寝ながら高笑いをしたのであった。





 折角貴族令嬢として異世界転生したのだからセカンドライフとして楽しんでみる。


 そんなラノベタイトルのようなのが私の状況だ、それにしてもタイトルって大事だ。タイトルだけでどのような物語が分かるというのは大事、転生前にも創作活動をしていた自分としては、その重要性は痛感している。


 それはさておき、公国の娯楽は暇を見つけては徹底して調べ上げ、興味があることは片っ端からやってみようというのは計画していた、そして大人になることで自由を得た今、ようやく早速実行に移すことができるのだ。


まあ大人になったばっかりだから、自分で金を稼いでいるわけではないし、親のスネカジリ中身は30代女子なのでちょっと抵抗があるけど。


 それはさておき、まず私がやってみたかったことと言えば……。



 ズドンと肩にかかる衝撃と共に感じる手応え。



 その手応えと同時に銃の先の照門にうつる動物がパタリと倒れる。


「よし!」


 猟銃を下げながら獲物をしとめたことを確認する私。


「おー、お嬢様、筋がいいですね」


 すぐ傍でパチパチと拍手するのは、侍女の1人、ボディガード役であるラニ・ストラドスだ。


 ラニ・ストラドス。


 出身は地方の田舎出身の庶民だが、文武両道で、女性ながらに軍士官学校に合格したエリート将校であり現役の職業軍人だ。


 銃を使いたいと言ったら、彼女が教師として名乗り出てくれたのだ。


「ほほう、これは気持ちいいわ」


 日本でも趣味の一つとして認められている猟銃を使っての狩猟、転生前から興味はあったが、とにかく日本は銃器の規制が厳しく持つのが大変、なんとか持てても、凄い金もかかるのだ。


 ちなみにルカンティナ公国もまた高水準の秩序の維持がなされているため、武器規制は厳しい。


 だがそこは異世界、自己責任と家柄の名(ちから)を元にあっさりと許可が下りたのだ。


 ここで面白いのが、狩猟はただの趣味ではなく。


「よし! モンスターゲットだぜ!」


 そう、この世界は所謂RPGの魔物が存在する世界であり狩猟の獲物でもある、そして御多分に漏れず素材も商品として取引されるのだ。


 魔物は強さで10等級で区分けされており、数字が若くなるほど強くなる、そして強いほど素材としても正比例で高品質になり市場では高値で取引されており、ハンターとして生計を立てている人物もいる。


 ちなみに狩猟は趣味としてやってみたかったこととは別に一つ確認したいことがあったのだ。


「私は筋がいいの?」


「はい、銃は不思議と当たらない人はトコトン当たらないんですよ、キョウコお嬢様は基本を守って撃っている、故にああやって当たるのですよ、これをちゃんと守って撃つは意外と難しいんです」


「…………」


 なるほど、多少の世辞は入っているだろうが、チートではないということか。あくまで無敵の戦闘能力は「徒手格闘」という意味ということだ。


 それが分かったのは収穫だったけど。


 狩りは御多分に漏れず男の趣味だ、本来であるのなら男の趣味を女がするというのは「はしたない」として見られる、特に上流ではその傾向が顕著だ。


最初は難しかった、まあありがちな話だが……。


――「狩り? 駄目よ、お淑やかになさい、貴方は女、はしたないわ」


 とは母上様の言葉、前時代的封建主義的よろしくの定番文句。


 そういえば死んだばあちゃんは学生時代は非常に頭がよく国立大学進学を先生に勧められたそうだが、その話を聞いたばあちゃんの母親が「女が大学なんてみっともない!」と先生に文句を言ったそうだ。


 今では考えられないがほんの100年も経っていないぐらいの昔の話、まあ現在でも女だからという世間体はあるし、その必要性も理解もしているが。



(だが断る!! そんなことは私の知ったことではない!!)



 前世の未練はこの世ではらす! っと中二病っぽくいってみる。


 でも母親の言っていることも分かる、貴族令嬢としては常識から外れているということも理解しているし、日本だって別に趣味に性別の差はないが、それでも男の趣味と女の趣味は存在する。


 だけどラニはまるでそんなことを気にした素振りはないし、むしろ喜んで教えてくれたのだ。


「ラニ、私が狩猟をやりたいと言った時、貴方はあっさり協力してくれたし、熱心に教えてくれるのね?」


「? それはそうですよ? 銃は危ないのでいい加減には教えませんよ」


「貴族令嬢がはしたない、なんて言わないの?」


「ああ、そういう意味ですか、別に上流だからとか、どうでもいいですよ、私は庶民ですし、何よりお嬢様も同じ考えなのでしょう?」


「ふふっ、そうね」


 そんなラニのマイペースさに安心を覚える。



 だが軍人でマイペースなのは長所ではない、右向け右と号令をかけられて左を向く人間は「使えない」と判断される、故に私のところに来る前に彼女が所属する部隊では評価は低かった。



 主な低評価の理由は規律無視を繰り返したという理由、士官学校を卒業したにも関わらず部隊では落ちこぼれの烙印を押されていた。


 そして彼女を採用した理由は、上記の理由がそのまま理由となる。


 彼女を見るとかつての部下を思い出す。


 その部下もまたマイペースな人物だった。私の下につく前の他の部署にいた時は評価はラニと同じ理由で低かったが、ペースを尊重すればむしろ仕事も早く、何よりマイペースな人間は自身もまたマイペースであることを自覚しているため、他人に自分のペースを強要、つまり「空気を読め」ということをしてこない。


 士官学校に合格する時点で能力は折り紙付き、となれば後はその能力を発揮できる環境を整えてやればいい、ラニの場合はそのタスクが少なくて済むのだ。


 何より人柄もこんなこざっぱりした感じだから付き合いやすい、その目論見は見事に的中、無敵のスキルを持つ私には必要ない、やりたいことをやるためのボディーガードとして活躍してくれている。


「ちなみにラニ、あの魔物はどれぐらいの強さなの?」


「最下級の第10等級ですね。商品価値はほとんどありません、小遣い稼ぎ程度、価値が出るのは9等級からです、ただ」


「ただ?」


「あの種の肉は食えます、しかも結構美味い、じゅるり」


「ほほう、ラニは肉は捌ける?」


「私は狩猟民族出身、お手の物ですよ」


「だったら教えて! 興味あるの!」


「分かりました!」


「よっしゃあ! 昼のメインデッシュは決定! リズエルとトオシアはその他の昼食の準備をお願いね!」


 と2人でダッシュすると、ラニがテキパキと魔物を縛り上げて2人でヨイショヨイショと近くの木に吊るし上げ、ラニが首元を切り早速血抜きを行い、彼女主導の元解体が始まるのであった。


「……色々と凄いですね、お嬢様」


 リズエルの言葉に頷くトオシアであった。





 ラニ主導のもと魔物肉を捌いた、中々にリアルで生々しく貴重な経験だった、んでその後は、トオシアの炎の魔法で火を起こして私お手製の即席ステーキを作った。


 ふふん、私は女の端くれとして料理はちょっとしたものである。


 え? 得意料理? 野菜炒め、サラダ、パスタ、おにぎり、目玉焼きかな。


 ふっ、突っ込んでもいいのだぜ、ああ、そうだよ、料理なんて出来ねえよ、作ったのは全部リズエルだよ。


「さて、そんなわけで、お昼にしましょう♪」


 とそんな私の横でその侍女長であるリズエルがパパッと座敷を広げて、テキパキとお弁当を並べてくれる。


 彼女こそ料理上手、今日は狩猟とすると伝えるとみんなで食べるお弁当を作ると言ってキッチンを借りてエプロン姿でトントンと刻み、ぐつぐつと煮込んで作ったものだ。


「はい今日のメインデッシュはお嬢様お手製のステーキにして、より取り見取り取り揃えています、さあまずはお嬢様から召し上がってください」


「結婚しようか」


「ええーー!!??」


「幸せにするよ、リズエル」←手を握る


「いや、その、あの、か、彼氏がいるので」


「大丈夫、勝つ自信はあるわ」


「大丈夫じゃないですよ!?」


 とのことで断られた、ちっ、割と本気だったのに。


「トオシアもありがとね、スケジュール調整大変だったでしょう?」


「いいえ、なんてことありません、こうやってのんびりとした時間は好きですから」


「ラニも助かるわ、今度はもっと上手にやってみせる」


「その意気です、捌きが上手になると、肉の味も上手くなりますから」


 と紅茶を飲みつつ雑談に花を咲かせるが。



 この子たちと付き合う上で自分の秘密についてどうするかなぁと考えていた。



 当然いきなり全部は無理だが、何かの拍子でバレることを考えれば、事前に教えてもいいような気もする。


 後はタイミングなんだけど、と考えていた時だった……。


「ん?」


 とラニがぴくっと反応すると、すかさず懐から双眼鏡を取り出す。


「まずいですね、お嬢様、第7等級魔物です、周りの魔物たちが道理で大人しいと思ったのですが、これで判明しました、すぐに逃げましょう」


 ラニの言葉にリズエルが飛び上がって驚く。


「なな、七等級!? はは、はやくにげましょうお嬢様!! 」


 と慌てて食事の後始末をして、トオシアがそれを手伝うが。


「…………」


「キョウコお嬢様?」


「みんなさ、秘密って守れる?」


 私の突然のしかも呑気さも相まっての言葉に3人は戸惑うが……。


「私は命令ならば誰にも言いません」


 いの一番に答えてくれたのはトオシアだった、ラニも「噂話は嫌いなので」と同調してくれる。うん、どの道、早い方がいいかもしれない。


「リズエルは大丈夫?」


「大丈夫です! キョウコお嬢様のためなら!!」


「ありがとう、なら決まりね、よし、いくわよ!」


「はい! 逃げましょう!!」


「アイツを倒すわ」


「わかりました! ってえええぇぇ~~!!??」


「ナイスノリツッコミ( ´∀`)bグッ!」


「むむむりですぅ~!! 私あんなの倒せませんよよおぉぉ!!」


「違うよ、私が倒すの」


「えええーー!!??」


 ここでラニが発言する。


「キョウコお嬢様、第7等級魔物は、完全武装の軍隊一個小隊でようやく討伐できる魔物です、個人では不可能、故に私は反対です」


「ふむ、トオシアは?」


「餅は餅屋、プロであるラニの判断が最善かと存じます」


「2人とも冷静に反応してくれて嬉しい限りね、でもね」


 すっととそのまま、木の前に立つと。


「はっ!」


 軽く手首をスナップを利かせる形で振っただけで大木を一刀両断する。


「おおおおじょうさままままま、ななななにが!?」


 パニック状態のリズエルに流石に驚いたのか固まっているトオシア。


「…………」


 それを見たラニは、顎に手を添えて考えている。


「分かりました、ただし私が危険と判断したら私の逃げるという判断に従うこと、これが駄目なら力ずくでも連れて帰りますよ」


「本当に冷静で助かるわ、それでいきましょう」


 私の言葉を受けてラニが2人に話しかける。


「リズエルとトオシアは、今すぐに退避をお願いします、何かあった時に3人は守り切れませんから」


「そそそそんな! おおおじょうさまをおいてにげるなんてできませんよおぉぉ!!」


 とトオシアにしがみついて半泣き状態のリズエルの頭を撫でるトオシア、そんなリズエルを見てラニが軽くため息をつく。


「ただ、ここにいてもらうのは困ります、トオシア、転移魔法をお願いできますか?」


「分かったけど、貴方はどうするの? 1個小隊クラスの実力者なんでしょ?」


「私は専用の武器を出します」


 といって懐から双剣を取り出す。


「これは小さいですが、我が狩猟民族族長、公国7名匠に数えられる最高傑作の一つ、これで仕留めるまでは無理ですが足止めには十分です、お嬢様」


「ありがとね、っと」


 私は視線を魔物の方に移す。


「向こうにもこっちに気付いたわ、さて、皆お願いね」


 魔物は自分たちの存在を気づいても尚ゆっくりと確かめるように近づいてくる。


「ずいぶんと余裕ね、自分が強いって分かっているのかしら」


 私も同じように歩いて一定の距離のところで合わせたように対峙する。


 4足歩行の魔物、大きな虎とライオンをミックスさせたような体長4メートルはある巨大な魔物。引き締まった体は、確かに軍の一個小隊クラスは頷ける。


 だけど……。


 力の加減を「オン」に入れる感覚。


 そこから先は一瞬だった。


 地面を軽く蹴って、それでも20メートルあった距離が一瞬にして縮まり、首元に潜り込み、手刀で一閃、そのまま首を両断した。


 返り血を防ぐために、そのまま後ろに地面をけり、ドスンという音と共に首が落ちると同時に元いた場所に着地する自分。


「…………」


 初めての実戦、こっそりと陰で色々試したから大丈夫かと思ったけど、さっきの猟銃を使っての達成感が全くない作業のような強さだった。


「さて、これにて討伐完了、皆、心配かけて悪かったわね」


 振り返ると、転移魔法を途中で止めてしまったのか固まっているトオシアと腰を抜かして地面に座り込んでいるリズエルがいた。


 あらら、これはショックが大きすぎるかなと思ったが、ラニが口を開く。


「キョウコお嬢様、やはりただものではないとは思っていましたが」


「え?」


「立ち振る舞いや、後は雰囲気と言えばいいのでしょうか、勝てる気がしないという印象を持っていて、とはいえ特に武芸に秀でている訳ではないということだったので、ずっと不思議だったのですが、やっと腑に落ちました、しかも」


「「才能ではありません」よね、それ」


 おおう、流石鋭い、そんなラニの言葉にやっと冷静さを取り戻したトオシアが一瞬送れてい理解する。


「秘密を守れとは、お嬢様が強いという秘密を守れという意味ではなく、ラニの言った方の意味だったということですか」


「そのとおり、まあ色々あるのよ、リズエル、大丈夫?」


「…………」


 手を差し出したけど、呆然と見上げるだけのリズエル。


 あらら、これは失敗したかと思ったけど。


「お嬢様、お強いんですね、あ、あの!」


 私の手を借りず自分で勢いよく立ち上がる。


「深くは聞きません! でももし話していただけるのなら、聞きます!」


 そんな真っすぐな言葉に思わず笑顔になる。


「ありがとね」


 といい雰囲気で終わりそうなところだったが……。


「あの、余計なお世話かもしれませんが、いいんですかキョウコお嬢様」


「なにが?」


「とりあえずこの魔物は私が主体となって2人で倒したってことにしますけど、物理的に強いのは嫁の貰い手に苦労するんじゃないですか?」


「…………だったら、こう、このままこの魔物は放置するとか」


「そっちの方がよほど面倒ですよ、軍隊の一個小隊クラスの力が王国内で動いたってことになりますから、下手をするといらぬ手間を招くかと」


「…………」


 そっちも転生前になぞるのかよ、くそう、やっぱり間違えた詫び駄天使に「ダンディな独身オジサマとラブラブになれるスキル」を要求しようか。


 とまあ、そんなこんなで、若くして武術の達人なんて評価もついてまわったのであった。


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