綺麗な飴玉

雨世界

1 君にも一つ、これ、あげるね。

 綺麗な飴玉


 プロローグ


 君にも一つ、これ、あげるね。


 本編


 それを一つ、口の中に放り込む。


 夜空に綺麗な花火が咲く、夏祭りの夜。


 僕は君から「はい。これ、君にも一つ、あげるね」と言われて、きらきらと光っている、とても綺麗な飴玉を一つ、手渡された。

 なぜ君が、僕に飴玉をくれたのかはわからないけど、僕は「本当にもらっていいの?」と君に言った。

 君は「もちろん。私が君にあげたんだから、君がもらっていいんだよ」とにっこりと笑ってそう言った。

「じゃあ、またね」そう言って、いつもとは雰囲気の違う、綺麗な浴衣姿の君は僕に手を振りながら、待っている友達のところまで歩いて行ってしまった。 

 僕はその君からもらったきらきらと輝いている星のように、(嘘みたいだけど、その飴玉は本当にきらきらと輝いて見えた)あるいは宝石みたいに綺麗な飴玉を自分の口の中に放り込んだ。

 その飴玉を口に中で舐めながら、僕は夜空に上がる、たくさんの色とりどりの花火を見ながら、ゆっくりと夜のお祭りの人ごみの中を歩いて、夏祭りにくるときと同じように、たった一人で家に帰った。


「なあ、覚えている。あの、飴玉のこと?」と僕は言った。

「飴玉? なにそれ?」と君は僕の顔を見てそう言った。

「覚えてない?」じっと、君の顔を見ながら僕は言う。

「覚えてない。飴玉ってなんのこと?」と首をかしげて君は言った。

 ……やっぱり覚えてなかったか。と僕は思った。(まあ、僕も昨日夢で見るまで、ずっと忘れていたからな。まあ、しょうがないか)

「飴玉、欲しいの? なら、あげようか? どこかで買ってきてあげるよ。誕生日のプレゼントとしてさ。安上がりだし……。ちょっと嬉しいかも」とへへっと笑って君は言った。

「いや、いいよ。別にいらない」と僕は言った。

「なんだ。自分から話を振っておいて、つれないね」と君は言った。

 僕たちはそれから少し無言になって、高校からの帰り道をいつものように二人だけで、歩き続けた。

 それから、いつもの二人の分かれ道のところまで来ると、「じゃあ、またね」と君は僕に言って、自分の家のある方向の道の上を歩き出そうとした。

「ちょっと待って」と僕は言った。

「? なに? なにか忘れ物? お別れのキスがまだだとか?」ととぼけた顔をして君は言った。

「飴玉。欲しくない?」と僕は言った。

「飴玉? 私にくれるの? 君が?」と君は僕と自分を人差し指で交互に指差しながら、そう言った。

「うん。もしよかったら、今度買ってくるよ。君にプレゼントする」と僕は言った。

「本命のプレゼントとは別にして?」

「もちろん。本命のプレゼントはまた別に用意するよ。これは、僕の気持ちだから」と僕は言った。

 すると君は少しだけ考えたあとで、僕に向かって、「うん。飴玉。欲しい!」ととても嬉しそうな顔をして、そう言った。


 後日。僕は君に飴玉をプレゼントした。

 なるべく僕の記憶の中にある飴玉によく似た飴玉を頑張ってお店を何件もはしごして見つけたのだけど、その飴玉はとても綺麗な水色の飴玉だったのだけど、僕の記憶の中にある、君にもらった飴玉ほど、綺麗な飴玉ではなかった。(あの綺麗な飴玉は、もしかしたらもう、僕の記憶の中にしか、存在していないのかもしれないと思った)

 でも君は、僕が綺麗にラッピングした飴玉をプレゼントすると、意外なほど、喜んでくれた。

「どうもありがとう。なんだか思っていたよりも、すっごく嬉しい。この飴玉、綺麗だね。ラムネ味? それとも、ソーダ味かな?」

 嬉しそうな顔をして、お昼休みの時間にそんなことを君は言った。

 君は、きらきらと輝く水色の飴玉を青色の空に輝く太陽の光の中で、そっと、照らし出すようにして、しばらくの間、そのきらきらの光を自分の目で堪能したあとで、(あるいは、まるで本物の星を観測する観測者のようにして、もしくは、本物の宝石を鑑定する鑑定士のようにしてから)ぱくっと一つ、その指で挟むようにして持っていた飴玉を自分の口の中に放り込むようにしていれた。

「うん! 美味しい!」と僕を見ながら君は言った。

「そう言ってもらえてよかった」とにっこりと笑って僕は言った。

「一個食べる?」ところころと口の中で飴玉を転がしながら、ラッピングの袋を僕に向けて差し出しながら君は言った。

「ありがとう。食べる」と僕は言って、飴玉を一つ、自分の口の中に放り込んだ。

 飴玉はソーダ味の飴玉だった。

 その飴玉は、なんだかとても、懐かしい甘い味がした。

 それはあのときに食べた、思い出の、十年前の、あの綺麗な飴玉の味だった。


 綺麗な飴玉 終わり

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