KAC20205 法の裁き
@wizard-T
法の裁き
「頭がおかしいとしか思えませんね」
「ああまったくだ!」
二人の刑事は昼間の警察署の中で憤りをあらわにしていた。
※※※※※※※※※
ある日、一つの夫婦殺人未遂事件が発生した。
仲良く買い物に出ようと歩いていた夫婦に向かって、容疑者の男はいきなり後ろから飛び掛かった。
そして振り返る隙を与える事もなく夫婦の内まず妻を襲い、そして抵抗しようとした夫にも重体となる怪我を負わせた。
「奥さんの方は既に死亡、旦那さんも集中治療室にいますが」
「助かるかは怪しいんだろう」
「にしてもなんであんな男に目を付けられたんだか……」
「ああ、またマスコミが大騒ぎするな」
すぐさま近所の人間の通報により犯人は逮捕されたものの、それでもこの事件が与えた衝撃は並々ならぬ物があった。
「殺さねばならない、殺さねばならない……」
取り押さえてパトカーに連れ込まれるまでずっと殺す殺すと連呼し、そして取り調べを始めようとしてなおも被害者に対する殺意を隠そうとしない。その狂気としか言いようのない振る舞いは間違いなく心を揺るがし、地域どころか日本中の住民に不安を与えた。
そしてそれ以上に問題だったのは、二人の家庭だった。
子どもがいたはずだと警察官が踏み込んだ家屋の中には、体重が平均の三分の二以下しかない一人の男の子が隅っこでうずくまっていた。行政が全く関知できないまま虐待が行われていたとしか言いようがない証拠がそこにあり、またもや児童相談所が目の敵にされるのかと二人とも暗澹とした気分になっていた。
「下手をすると英雄に美化される」
「バカヤロー!ただの人殺しだろ!」
「もちろんわかっていますよ、わかっていますけど」
「だいたいさ、お前行人と書いてごーすたーなんて名前聞いた事あるか?」
「ありませんけどね。もしかすると、正義の味方気取りなのかもしれませんね、わざわざ他にいるとは思えない人間の名前なんか名乗って」
「そのあげくあれですからね、本当にまたぞろ心神喪失とか何とかで減刑にされない事を祈りますよ!」
もしここで二人を殺さねばそのごーすたーなる少年の命が、あるいは奪われかかっていたかもしれないとでも言うのか。実に馬鹿馬鹿しい話だと思いながら、さきほど犯人を取り調べた若い刑事は茶を乱暴にすすった。
※※※※※※※※※
「真面目に物を言え!」
「言ってますとも、ええ言ってますとも!ですから行人と書いてごーすたーと読むんです!それよりあの男は」
「知ってても教えてやるか、動機は!」
「あの二人を殺さねばならないと!」
「いきなり双親を失う子どもの気持ちが分からんのか!」
「わかりませんね、あんな虐待親の!」
「虐待親でも何でも親は親なんだよ!お前には絶対法の裁きを喰らわせてやるからな!」
「できちゃ困るんだよ!」
日本が法治国家である以上、どんな人間でも法の裁きから逃れる事は出来ない。まさか重病人でもあるまいしその前に死のうとでも言うのか。どこまでも浅薄で救い難い目の前の男を思うたび、胸が締め付けられる思いに包まれる。
※※※※※※※※※
「三十五歳独身住所不定無職なんだろ、いわゆる無敵の人って奴か……参ったな本当」
「どんな人間であろうが法律には逆らえない事を、これから彼はゆっくりと教えられますからね」
仮に死刑だとしても、数年間は牢屋の中にいる。そうでなく終身刑だとしてもそれこそずーっと法の管理下に置かれる事になる。法律の裁きを受ける事をせいぜい後悔していろと一方的で残虐な男に向かって憤りを膨らませていた。
「話を変えようか、それより被害者は」
もういいとりあえず目の前の命だと言わんばかりに病院に連絡を入れてみますと言おうとした所でスマホが鳴り響き、考え得る限り最悪の報告を警察に送り付けた。
もうひとつの命も消えた事をわからされた刑事たちが一段とやるせない気持ちになって立ち上がろうとした。
「大変です、犯人がいきなり消えました!」
すると立ち上がろうとした二人を打ち砕くかのように、また別のひとりの男が今度はまったく考え付きもしないような報告と共に駆け込んで来た。
「消えた!?」
「ええ、被疑者が突如目の前で消えました」
「いつなんどきだ!」
「二分前です」
「被害者男性死亡とほぼ同時じゃないですか……!」
あわてて勾留していたはずの部屋に言ったものの、そこには誰もいない。窓ひとつない、配管以上の隙間のない部屋から管理官の目の前で男は消えた。
被疑者失踪と言う事で事件以上の大騒ぎになった警察署は八方手を尽くして探し回ったものの、彼を見つける事は出来なかった。
まるで殺すためだけにやって来て、そしてそのまま消えたとでも言うのか。殺人を止めようとした自分たちが愚かであるかのような結末と彼の言う通り法によって裁けなかった現実が二人の刑事に重くのしかかり、二人して涙を流しながら机を殴りつけた。
そしてこの「失態」により、二人は捜査一課から地方に飛ばされた。
そしてそのまま十二年が経ち、あの事件がドラマの題材になるほどには風化した頃。
すっかり田舎の駐在さんが板に付いてしまった彼は、ひとりの大きな影を見つけた。
「キミ!アンモニア臭がすると思ったら何をやっている!」
「申し訳ありません、どうしても我慢できなくて!」
陰茎を露出して草むらに排泄物をばらまいている、まあ要するに立ちションをしているひとりの男。
「軽犯罪法違反で過料払ってもらうよ!」
その男がこうして罪を犯しているのを見た途端、なぜか知らないがものすごく嬉しくなった。その喜びが一体何なのかわからないまま、過料支払いのための領収書を渡し、そして気が付くと自分の先輩刑事に向かって電話をかけようとしていた。
「名前は?」
「えっと、……ごーすたーです」
KAC20205 法の裁き @wizard-T
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