ゲーム好きな彼女

藤浪保

ゲーム好きな彼女

篠塚しのづか、勝負だっ!」


 放課後、俺は篠塚優奈ゆうなに人差し指を突きつけた。


 篠塚は、クラス内カーストの最上位に位置する女子だ。


 パーマをかけた明るめの茶髪をポニーテールにしていて、化粧はばっちり。ブラウスは第二ボタンまで開いており、制服のスカートはパンツが見えそうなほどに短い。爪はこれでもかとデコレーションされていた。いわゆるギャルである。


 そして、頭が良く、顔も良く、明るくてリーダーシップもあるという超完璧女子高生だった。


「またぁ?」


 あきれたように篠塚が言う。


「じゃあ先カラオケ行ってるわ」

「ごめんね~」


 篠塚とつるんでいた他のギャルが、手を振って教室を出て行った。


「あんたもしつこいね」


 篠塚はキーホルダー……というか小さなぬいぐるみがたくさんぶら下がっている鞄から、ピンク色の携帯ゲームを取り出した。裏面は、元の色がわからないほどにキラキラとデコレーションされている。


「今日は何?」


 俺は有名な格闘ゲームの名を告げた。



 * * * * *



「ぐあぁぁぁっっ! 負けたぁぁぁぁ!」


 椅子に横座りしていた俺は、雄叫おたけびを上げて携帯ゲームを天井に向かって掲げた。「You Lose!」の文字が画面中央にでっかく表示されている。


「はい、十五勝。じゃ、あたし行くわ。またね」


 篠塚は鞄を持つと、颯爽さっそうと教室を出て行った。


 十五戦もやったのに、十五敗である。全敗である。惨敗ざんぱいと言ってもいい。


 どうやっても、俺は篠塚に勝てない。



 * * * * *



 教室の中でこそこそと縮こまっている陰キャの俺が、どうして陽キャの篠塚と日々ゲームの対戦をしているかと言えば、俺が重度のゲーマーだからだ。


 成績やコミュニケーション能力はてんでお話にならない俺だったが、ゲームにだけは自信があった。とあるオンラインゲームでも中々の順位につけているのだ。ゲームに関してはそれなりのプライドがあった。


 ゲームごときとあなどるなかれ。今やゲームはeスポーツと呼称され、世界大会まで開かれているのである。海外では億単位の賞金が出る大会もあり、プロのゲーマーだっている。


 高校三年で初めて篠塚と同じクラスになった俺は、教室でしばらく篠塚を観察していて、「やっぱギャルだよなぁ」と思った。


 同じ学年なのだから、遠目に見たことは何度もある。チャラチャラとした見た目からは、とてもゲームをやりこんでいるようには見えない。


 だが、彼女は成績上位者としてだけでなく、ゲーマーとしても有名だった。挑んだやからは他校を含めて数知れず。そのことごとくを下してきたらしい。


 そう聞いてしまうとゲーマーの血が騒ぐ。別のクラスだった頃は話しかけるなんて思いもしなかったが、せっかく同じクラスになったのだ。


 俺はなけなしの勇気と根性と血と汗と涙を振り絞って、篠塚に対戦を申し込んだ。


 ぷよぷよとしたスライムが落ちてくる某有名落ち物ゲーだ。


 ずいぶん昔からあるこのゲーム、ハードやバージョンが変わってもルールや操作方法が変わらない所が評価され、実はeスポーツの中でもメジャーなタイトルの一つなのである。


 結果は惜敗。


 この俺が、このぷよぷよとしたスライムが落ちてくるゲームで負ける、だと……?


 連鎖を組みまくり、途中ちまちまと攻撃してお邪魔なぷよぷよとしたスライムを相手に落とし、完全に勝てる流れを組んだはずだった。最後の最後までは行けると踏んでいたのである。


 なのにも関わらず、土壇場どたんばで一気に盛り返され、そのまま詰んだ。何が起こったのかわからなかった。画面の横半分に映る篠塚の画面から、ほんの少しだけ目を離していた隙にやられた。


 いやいや俺が一番得意なのは格闘だし。格闘なら負けるわけはない。


 だが、それも負けた。


 一度や二度ではない。というか、勝てたことがない。


 落ち物、格闘に始まり、レーシング、リズムゲーム、スポーツ、シューティングから本格的な3Dの銃撃戦まで、小型ゲーム機でできる限りのありとあらゆる対戦ゲームをやり尽くした。


 篠塚がやったことのないゲームは相手してもらえなかったが、かなりの種類を対戦した。練習してから二度三度と戦ったゲームもたくさんある。


 いける、と思って油断してしまうのか、いつも最後の最後に逆転された。


 しかも篠塚は勝っても嬉しそうにしない。口にこそ出さないものの、「まあ、こんなもんか」という顔をするのだ。手を抜かれているようで、それがまた悔しかった。



 * * * * *



「いい加減にしてくれない? 次私が勝ったら、今後一切勝負は受け付けないから」


 一学期の終業式の日、俺はいつもの篠塚に対戦を申し込み、いつものように負けた。


 そして言われたのだ。


 事実上の「次がラスト」宣言だった。


「ど、どうして?」


 篠塚が面倒くさそうに俺を見た。


 あんたのような陰キャといつまでもつき合ってられない、と言われるのかとびくびくした。


「だってもうすぐ受験だよ。あたし大学受けるから遊んでばっかりいられないの。あんたもそろそろ勉強したら」


 俺が理由ではなくてほっとした。


 受験――去年の今頃から何度も教師に言われていた単語だ。進路希望票も何度か出した。まだまだ遠い出来事だと思っていたのだが、そういえば担任が三年の夏休みが正念場と言っていた。


 俺はゲーム制作の専門学校にでも行ければいいと思っていたが、篠塚は有名大学を志望しているのだろう。放課後のちょっとした時間ではあったが、俺なんかにつき合っている暇はないんだ。


 次が最後か――。


 陰キャの俺と陽キャの彼女は、以降、会話をすることもなくなるだろう。こんな俺と何度も対戦してくれたこと自体が奇跡だったのだ。


 俺は焦った。


 篠塚とゲームが出来なくなるのは嫌だ。


 身の程知らずなことに、俺は篠塚に恋をしていた。



 * * * * *


 夏休みの間中、俺は宿題そっちのけで一つのゲームをやり込んだ。一番最初に対戦した、ぷよぷよとしたスライムが落ちてくる落ち物ゲームである。


 負けたことがショックすぎて、二度目の対戦を申し込んだことはなかった。


 今思えば、これが一番いい勝負をしていたのだ。いつも逆転負けをきっするとはいえ、これは本当の本当に最後まで勝てそうだった。


 ネットの動画を見て研究し、自信がつくまで練習した。


 そして迎えた始業式の日――俺は篠塚に対戦を申し込むことができなかった。


 夏休み前と違う俺の様子に不思議そうにしながらも、篠塚はそのまま他のギャルと一緒に教室を出て行った。


「今日はいいの?」

「いいみたい」


 そんな会話が聞こえてきた。


 これが最後だと思うと、怖くて挑むことができなかった。


 だが、俺と篠塚の間にはゲームしかない。ゲームをしなければ関わりすら持てない。


 逃げ続ければ、どのみち関係は消滅する。



 * * * * *



 そしてある残暑の厳しい日の放課後、俺は篠塚に勝負を申し込んだ。


 次が最後だといつの間にか知ったクラスメイトが俺たちを囲んだが、気が散るからと、篠塚は視聴覚室でやろうと言い出した。俺にとってもありがたかった。


 他の生徒を全員閉め出し、一回限りの勝負は始まった。


 戦いは壮絶だった。


 連鎖の応酬で、たくさんのぷよぷよとしたスライムが消えていった。


 俺は前回の反省を踏まえ、二つに分割された画面の篠塚の方をちらちらと横目で確認しながら連鎖を組んだ。


 容赦なく降ってくる無色透明のお邪魔なぷよぷよとしたスライムをかいくぐり、連鎖を完成させる。篠塚の方はと言えば、まだ連鎖を組みきれていない。


 これなら勝てる。


 ――そう、思ってしまった。


 それが死亡フラグだとわかっていたのに――。


 俺は無色のお邪魔なぷよぷよとしたスライムに埋もれて負けた。


 終わった……。


 茫然ぼうぜんと「ばたんきゅ~」と書かれた画面を見つめた。


 これで篠塚との繋がりは断たれてしまった。悔しくて涙が出そうだ。


 だけどここで泣くわけにはいかない。俺はこの勝負を挑むにあたって、一つの決意を固めていた。


 もし負けたら、篠塚に告白しようと。


 失うものはもう何もない。


 二人だけのこの場は、絶好の機会だった。今をおいて他にない。


 心臓がバクバクとあり得ないほどに大きく鳴っていた。


 だが、初めて勝負を挑んだ時に比べればずっと気が楽だった。篠塚は、俺が陰キャだという理由で拒否したりしないのを、知っているから。


「篠塚」


 大きく深呼吸をして顔を上げた。

 

 その途端、篠塚に制服の胸倉をつかまれた。ぐいっと力任せに引っ張られる。


 顔が近づいてきて――。


 一瞬、篠塚の口と俺の口が触れた。


「これからは、勝負ばっかりじゃなくて、遊びにも誘ってよね。あと勉強も」


 篠塚はYシャツから手を放すと、固まっている俺を置いて視聴覚室を出て行ってしまった。


「どうだった?」

「勝ったよ」

優奈ゆうな、顔赤くない?」

「ちょっと本気出しちゃった」


 バタンと扉が閉まる前に、嬉しそうな篠塚の声が聞こえた。



 篠塚は、俺の気持ちなんてとっくにお見通しだった。


 俺はゲームだけでなく、恋でも篠塚に負けたのだ。

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