ひっくり返る一コマ 〜一コマシリーズKAC2020-5

阪木洋一

リバーシブルシフト


「……どーん」


 休日のお出かけ中のことである。

 ふと、小森こもり好恵このえは隣を歩く男の子――好恵にとっては誰よりも大切な恋人である平坂ひらさか陽太ようたくんに、抱きついてみた。

 初めて会った頃から、陽太くんはちょっと照れ屋だ、というのは好恵には何となくわかっている。

 だからこういう時は決まって、


「え。い、いきなりなんスか、好恵先輩っ!?」

「……ちょっと、なんとなく、陽太くんに甘えたくなって」

「あ、甘え……!?」


 陽太くんは真っ赤になって、あたふたと慌てふためくのだが。

 そんな彼の様子が……なんだかとても可愛くて、大好きで、好恵は何度も見たくなっちゃうけど。

 自分も自分で、こう言うのは少し恥ずかしいと思ってるし、頻繁にやるのは陽太くんになんだか悪いので、本当に時々ちょっとだけ、ということにしている。

 ……好恵からは時々ちょっとだけにしているにも拘わらず、陽太くんは結構頻繁にドギマギしていているような気がして、それがどうしてかわからなくてこちらが首を傾げたりすることもあるのだけど、それはともかく。

 今は好恵にとって、その『時々ちょっとだけ』をしたくなる時だった。


「こ、好恵先輩、ちょっと……歩きにくいんスけど……」


 緊張した様子で言ってくる陽太くん。

 やっぱり可愛い。なんだか、ゾクゾクしちゃう。


「……ダメだった?」

「いえ、決してダメというわけでなく! むしろ、好恵先輩にそうしてもらえることがものすごく光栄ですし、オレもずっとそうしていたいという気持ちでいっぱいッスっ! で、ですが、そのう……」

「……? ですが、何……?」

「いえ、その……当たってます、といいますか」

「……………………」


 そのように指摘されると。


「……っ!」


 確かに、好恵の気づかぬうちに、彼の腕に自分の胸部が当たっていて、それに気付いた途端に、好恵の中で気恥ずかしさが生まれるのだけど。


「……陽太くんになら、いいもん。それに」

「そ、それに、なんスか?」

「……もう、何度も、触ってもらってるから……!」

「わーたーたー!? せ、先輩、それは外で言っちゃダメッス……!」


 気恥ずかしさよりも、陽太くんがこうやって慌てて可愛くなるのを見たい気持ちの方が、強い。

 だから、好恵は続行できる。

 可愛くて、ドキドキして、いつまでも続いてほしいこの時間を――



「! 先輩っ!」

「……え、きゃっ!?」



 と、いきなり、陽太くんが自分の身体を持ち上げて、後ろに小さく跳ぶ。

 好恵、何が起こったかわからず、目を白黒させるも――その後、猛スピードで走る自転車の小学生らしき少年が三、四名が、好恵達の前を横切っていった。

 子供達はキキーッと揃って自転車にブレーキをかけ、


「大丈夫でしたかー?」


 危機感のない、わりと間延びした声をかけてきた。

 対して、陽太くんはそれといって怒った様子もなく、


「おう、こっちは大丈夫だ。あんまりスピード出さずに、気をつけて走れよっ」

「ごめんなさーい、気をつけまーす」

「元気があるのはいいけど、怪我だけはすんなよっ。あと、もちろん、誰かに怪我させたりもすんなよっ。怪我させた人やおまえらだけじゃなくて、おまえ等の母ちゃんや父ちゃん、いろんな人に迷惑かかっちゃうんだからなっ」

「はーい。ありがとうございまーす」


 そのように陽太くんが注意をすると子供達はお礼をして、先ほどよりスピードを落として、自転車で走り去っていった。

 陽太くん、それを見送ってから、未だに腕に抱き抱えている好恵の方を見て、


「いやー、間一髪でしたね」

「……う、うん。陽太くん、大丈夫だった?」

「オレは平気ッス。あいつらにも、もちろん好恵先輩にも、怪我がなくてよかった」

「……ありがとう。守ってくれて」

「おやすいご用ッスよ」


 そう言って、陽太くんはニカッと笑って、



「オレ、どんな時でも絶対、好恵先輩のこと守るって決めてますからっ」



「――――」


 可愛いからカッコいいへのどんでん返しとは、まさにこういうことを言うのだろう。

 そんな自分にとってのカッコいいモードの彼に、そんなことを……しかもお姫様抱っこをされながら言われたとなると。

 好恵の胸中が、高鳴らないはずがなかった。


「…………好き」


 だからこそ、自然と好恵の唇からその言葉が漏れた。


「え、ええっ!? い、いきなりなんスか、好恵先輩っ!?」

「……えっと、その、陽太くんが大好き過ぎて」

「理由になってないッスよ!? なんだかめっちゃ恥ずかしいんですが!?」

「……わたし、陽太くんの腕の中で、このままどうにかなっちゃいそう」

「何言ってるんスか!? しっかりしてください……ってか、すんません、そろそろ降ろしますね」

「……やだ。このままが、いい」

「先輩!? そろそろ、周囲の人の生温かい視線が来てるんですがっ!?」


 とまあ。

 陽太くんはカッコいい状態から、またもや、慌てふためく可愛い状態の方に、ひっくり返っちゃったけど。

 ――どっちも大好きで、どっちも大切だから。


「はぁ。好恵先輩、今日はいつにも増してオレに対して無防備ッスね」

「……陽太くんだから、だもん」

「うぬっ……まあ、そう言ってもらえて、その、嬉しいッス」

「……ふふ。ねえ、陽太くん」

「なんですか、好恵先輩」

「……わたし、陽太くんとずっと一緒に、歩いていたいな」

「それは、もちろん。オレも好恵先輩と同じ気持ちッスよ」

「……うんっ」


 小森好恵は、彼とはずっと共にありたいと願うのだ。

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