宇宙一、大きな花を。

明弓ヒロ(AKARI hiro)

ファーストコンタクト

―― 私たちの星で、最大の祭りが開かれる。

―― 私の結婚式が開かれる。

―― だが、この婚姻は本当に幸せをもたらすのか。

―― 授かる子には、今まで誰も経験したことのない運命が、確実に待ち受ける。

―― 私にそれを決める権利があるのか。

―― 今が、後戻りする最後のチャンスだ。

―― 引き返すなら、今しかない。

―― 引き返すなら……。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 結婚と言っても、身体を重ねるわけじゃない。いっしょに暮らすわけでもない。ただ遺伝子を提供するだけだ。そうわかっていても、私の心は穏やかではない。


 今から十年前、異星人がこの星を訪れた。もちろん、他の星にも生物が存在する可能性があることは、わかっていた。ハビタブルゾーン、十分な大気圧のもとで、水が液体として存在する領域に惑星が見つかれば、そこには生物が誕生する可能性が高い。当然のことながら、生物と言っても我々と同じような生物とは違うだろうし、その後、自我を持つ知的生命体へと進化するかどうかは神のみぞ知るだ。


 また、たとえ知的生命体へと進化しても、物理的にコンタクト可能な領域に存在するとは限らない。光の速度は宇宙全体で一定であり、相対性理論により光よりも早く進める物質も存在せず、物質どころか情報を送ることさえ不可能だ。


 将来、亜光速航法が可能となったとしても、近隣の恒星系しか探索することは叶わず、もし、知的生命体が存在していたとしても、その進化の過程が我々と足並みを揃えているとも限らない。我々が進化する前に滅びていたり、逆に我々が滅びた後に、向こうが進化するかもしれない。


 つまり、宇宙に知的生命体が存在することは十分ありえても、知的生命体と邂逅する確率はほぼゼロに等しい。


 だが、確率はあくまでも確率であることも、現実だった。


 五十年前に発見された異星からの探索船。明らかに人工の構造を持つそれは発見された当初、最初はその存在を疑うものが多かった。だが、解析の結果、その構造物内のとある物質に、規則的な微細パターンが繰り返し現れることを発見した。何らかの情報が記載されていることは間違いないが、残念ながら我々が持っている技術では、その内容を解析することはできなかった。


 しかし、その探索船の航路を逆算して推定すると、我々の恒星系から最も近い恒星系から送られてきたことは確実であり、その恒星系には、ハビタブルゾーンに惑星が存在する可能性が高いことも、従来から知られていた。


 我々は、その惑星に住んでいるかもしれない知的生命体に向けて電波を送信した。送信するデータは、円周率を符号化したものだ。いかな知的生命体であれ、宇宙探査が可能な技術水準を確立するためには、数学を進歩させる必要がある。そして、円周率はどのような論理体系を持っていても一意に決まる値であり、しかも、一見、ランダムであるが規則性もある。他の恒星系に届く宇宙探査機を作る技術を持つ知的生命体であれば、その意味を理解する可能性が高いだろうと思われた。


 そして、四十年。

 やはり、発見された構造物は、宇宙が偶然に作り出した産物かと判断していた我々を驚かすように、異星人の乗った宇宙船が我々の星を訪れたのだ。


 遥かなる宇宙を超えて来たのだから、我々の技術水準を超えた知的生命体であることは間違いない。だが、その姿形は我々とは異なり、当然のことながらコミュニケーションは難解を極めた。


 音声、いわゆる音の振動波形によるコミュニケーションは、基本となる共通概念がそもそも無いことから不可能だった。唯一、コミュニケーションの手がかりとなったのは、映像によるコミュニケーションだ。彼らの持参した3Dディスプレイにより、彼らの恒星系や、彼らの住む惑星の自然環境、彼らの生活する都市、彼らの風俗等は、見ることができた。


 彼らの星の生態系は、当然のことながら我が星とは異なっているが、個々の生物の形状は驚くほど我々の星のものに似ており、惑星が異なっていても生物が収斂しゅうれん進化することを見て取った。彼らの生活様式も、我々同様に個体が群れて生活しており、個体同士が有性生殖を行う、いわゆる家族的な小規模なコミュニテイを作り、それらが集まってより大規模なコミュニティを形成していることが判明した。


 だが、そこで行き詰まった。互いに何らかの言語体系を持っていることは間違いないのだが、それらを結ぶ共通因子がないため、相互理解ができないのである。


 事態を解決するために彼らが提示した驚くべき方法、それが、だった。より正確には、両者の間で子を作ることだ。


 もちろん、異種生物間で子をなすことはできない。だが、彼らは自然生殖の他に、人工的な交配による生殖技術を確立しており、我々の遺伝子情報をもとに、彼らとの間に異種交配することを提案してきたのだ。


 はたして、彼らの生命倫理上の価値観でそれがどの程度の意味を持つのか、彼らの中でも倫理的にタブーなのか、それとも、生命と言えどもただの分子化合物として捉えているのか、それは不明であったが、我々の生命倫理ではそれはタブーだ。不妊治療のためには認められているが、生物実験のための生殖は固く禁止されている。


 だが、子どもが未知の言語を習得する能力があることは事実であり、両者の交配で生まれた子どもが、それぞれの種の架け橋となる唯一の残された可能性であることも疑いない。


 そして、遺伝情報があればそれは実現できる。もし、我々が拒絶しても、彼らが我々の遺伝情報を入手するのは容易だろう。彼ら独自でできることを、まどろっこしい映像ベースのコミュニケーションを通じて我々の同意を取ろうとしたからには、彼らが友好的な種族であることも間違いない。


 我々は彼らの提案を受け入れることを決断し、生まれてくる子の遺伝上の母には私が選ばれた。私がやることは遺伝情報の提供だけ。産みの苦しみもない。だが、それでいいのか。生まれてくる子どもに親としての責任はないのか。どちらの種族にも属さない、宇宙で唯一の孤独な存在としての運命を、この世の誰も想像さえし得ない運命を、背負わせる権利が私にあるのか。


 私の逡巡とは関係なく、婚姻の祭りの準備が進む。

 我々と彼らとの、星を超えた婚姻の祭りが。

 私たちの星をあげての、婚姻の祭りが。

 

 私の心は怯えている。こんな祭りは無かったことにしたい。彼らとは出会わなかったことにしたい。彼らと出会う前の時代に戻りたい。


 だが、私たちは彼らと出会ってしまった。

 私にある道は、前に進む道だけだ。後戻りする道はない。


 ならば、私にできることをしよう。


 私の子として生まれるものたちを、命をかけて守ろう。

 私の子が、銀河に飛び散る種子として、宇宙を自由に旅することを祈ろう。


 私の子が、私に似た花を咲かせてくれれば、母としてこれほどの名誉があろうか。


 もうまもなく、婚姻の祭りが始まる。

 私は、この星の女王として、満面の笑顔を咲かせて、婚姻に望もう。


 地球人との婚姻に。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ―― 二つの星を結ぶ宇宙船に乗り、二つの星の架け橋となる子が、宇宙を駆ける。

 ―― 星の旅は、光の速さでおよそ四年。

 ―― 四年の旅が終わるたびに、その子は言葉を伝える。

 ―― そして、その子が伝える言葉は、銀河に花を咲かせる。

 ―― 宇宙一、大きな花を。

 ―― 彼の母に似た、美しい、大きな花を。



― Fin. ―

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宇宙一、大きな花を。 明弓ヒロ(AKARI hiro) @hiro1969

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