真夏を想えば

柳なつき

百合の花園の惑星

 ついに、追いつめた。

 極悪非道なエイリアンを、ぜったいに許さない。



 百合の花園の惑星の、辺境部。

 エイリアンは、再来した。



「……貴様、覚悟しろ」



 真冬まふゆはセイバーを構え、首もとにはペンダントをつけ、肩で息をして。目の前の、見たこともないすがたをしたエイリアンを睨みあげた。エイリアンは両手を上げ、どうやら降参しているようだ。


 エイリアンの背後には、剥き出しの宇宙。黒くて、惑星が輝いて。

 それも、そのはずだ。ここは、世界の果てだから。

 この惑星の、いちばん崖の部分――だからもしちょっとでも足を踏み外したら、まっさかさま。宇宙に沈んで、永遠のさようなら。


 エイリアンの、その幼子みたいに不自然につるっとした胸。そこに切っ先を当てて、とん、と力を入れればそのまま宇宙に沈んでいくだろう。



 やれ、と真冬は自分に命令した。それなのになぜか手が動かないのは――恐れのせいだろうか、震えのせいだろうか。

 やる、やるの。エイリアンを宇宙の深淵に突き落とそうとしたが――。



「おいおい、よしてくれよ。俺はもうとっくに降参してる」



 エイリアンの懇願は、悲痛なものではまったくなかった。むしろその真逆で、飄々として堂々としているのだった。

 真冬はぎりと歯軋りをすると、銀光りする切っ先をその喉元に押し当てた。


「……真夏まなつという名の少女を、知っているか」

「ああ、真夏ちゃんだよね。もちろんさ」



 ぞっ、と背筋が凍った。

 この生命体が、その名前を口にするだけで、こんなにも全身に突き上げる嫌悪、殺意の衝動。


「その名を貴様ごときが容易く呼ぶな!」


 ……真冬はギリギリとさらに強く、得体の知れない斑点模様のようなものが認められるその首もとに、刃を突き刺した。


 エイリアンは、やれやれ、と言うと肩をすくめた。


「まあ、ねえ、それは、いやかあ。たしかアンタって真夏ちゃんの双子のお姉ちゃんでもあるんだよね」

「貴様……貴様! なぜ知っている!」

「いや真夏ちゃんが教えてくれたし。いやいや、お姉ちゃんって、真夏ちゃんの言う通り、なんだかおっかないひとだなあ」


 真冬は、大粒の涙を流した。


「真夏になにをした! 卑劣な拷問で個人情報を聞き出したのか!」

「あらほんとだ、お姉ちゃんって、アタシの言うことには弱いのね」


 真夏の口調をおぞましい調子で真似ると、エイリアンは急に真冬に飛びかかってきた。避ける間もなくセイバーを奪われて、そのまま宇宙に投げ捨てられてしまう。


「ああ! 私のセイバー!」


 真冬の叫びもむなしく、努力の時をともにしてきたセイバーは、そのまま頼りなく宇宙のもくずとなって消えていった。


「この……この、極悪非道のエイリアンが! 真夏を、真夏を」


 エイリアンにはふれてはならない、と楽園長らくえんちょうに言われていた。彼らの身体は私たちとは違って、けがれている。ふれれば、きよい私たちは一瞬で焼け、ただれ、痛く、発狂し、そのまま腐っていくのだと。

 戦闘用の白い手袋も、そう役立ってくれるとは思えなかった。



 でも、もういいと思った。

 思えた。もういいのだ。


 一年前。

 真夏を失って。



 その、復讐のためだけに生きようと誓ったのだ。



「真夏を、返せ!」



 絶叫とともに、真冬はエイリアンに飛びかかった。




 きらめき真冬と煌真夏はともに、ここ百合の楽園の惑星で生まれた。

 ふたごとして、姉と妹として、ふたりはずっといっしょに育ってきた。


 その仲のよさは有名で、楽園の姉妹たちからよく、結婚しちゃえば、とからかわれた。

 真夏は、えー、お姉ちゃんってそういうのじゃなくない? と言い、真冬はそのことが妙にショックだったりしたのだ。それで真冬のほうも、真夏なんかとだれが、とか言ってしまい、あとで後悔するのだった。


 それほどまでに、ふたりはいつもいっしょだったのだ。



 そんな真夏がこつぜんと真冬の生活からすがたを消した。

 いまでも、覚えている。ダイニングルームでの、あの日のお母さんの背中。



『ねえ、真冬ちゃん。エイリアンに、真夏ちゃんが、さらわれちゃったって……』



 なにかが聞こえる、と思ったのだった。

 最愛の妹の名前をもつ、季節だった。だから、蝉が鳴き続けていた。


 蝉の声か、あるいは自分の耳鳴りかめまいか――。




 この百合の花園の星は、そのあまりの美しさゆえか、よく異なる生きものたち――エイリアンたちの格好の目標にされる。

 たまに、子どもがさらわれたりもするのだ。

 花園の民たちは、ただつつましく暮らしているだけなのに――そう言っていつもみな、嘆く。



 のちに判明した。

 そのエイリアンは、宇宙のなかでも、極悪非道。

 この星の人間たちと共通点はあるものの、でもまったく異なる、見慣れぬすがたをしていて。触覚といえる器官をもち。

 おぞましいことに――宇宙じゅうの、この星の同胞たちに手を出し、ひどい目に遭わせているのだという。口にするのもおぞましいと、……ヴェールをかぶった楽園長は、真冬たちの家で、泣き崩れた。


 なにが起こったのか、具体的にはわからなかった。お母さんが教えてくれなかったのだ。でも盗み聞いた断片的な情報を組み合わせると、……真夏はエイリアンたちに洗脳されてしまって、惨めで救えない生き物に変わってしまったのだと、いう。




 真冬は、それから。

 真冬ちゃんまでいなくなったらお母さんどうすればいいのという母の叫びさえも、振りきって。

 エイリアン討伐部隊に志願して、入隊、学校も青年討伐部隊の訓練学校に移った。


 毎日、毎日、努力した。

 素振りの何百回も、真夏を想えばつらくはなかった――。




 真冬の背後、すこし向こうには、百合が咲き誇る。


 ここは百合の花園の惑星。

 ひとびとが、慈しみあって、笑いさざめきあいながら暮らす星。

 真冬と真夏の生まれた、故郷。



 真冬は、エイリアンに素手で飛びかかった。顎に手刀を入れ、飛び膝蹴りを食らわせる。

 訓練学校で鍛えあげた真冬の能力。


 しかしこのエイリアン、強い。真冬の全身の攻撃を、ものともせず――ふいっとよけて、逆に軽く腰のあたりに蹴りを食らわせてきた。


「おっと、危ない」


 真冬はお腹を抱える。嘔吐のような音が口から漏れたが、ぎらぎら燃える目で敵を睨みあげた。


「……おぞましい」

「アンタがたは異星人には触らないんじゃないのかい。あーあ、武器さえ捨てれば簡単に攻略できると思ったんだけど」

「私は死んでもいい覚悟でここに来た!」


 真冬は、怒鳴った。

 反撃を開始する。突き、蹴り、蹴り、平手。


 しかしエイリアンにはろくに通用しない。軽い動きで、かわし続け、ときには的確な一撃を食らわせ続け――真冬を、あっというまに追いつめた。



 真冬は、エイリアンの下敷きになるような格好で、組み伏せられてしまった。



「なかなか、強いねえ、お嬢ちゃん」

「真夏にも、こうしたのか。こうやって、暴力に訴えて、さらったのか」

「……ああー、そうやってちゃんと伝わってないのね。歪んで伝わっちゃうんだ。俺はね、この星のボスにも、理由を説明したんだけどね。真夏ちゃんを保護した正当な理由」

「正当な理由? そんなものあるわけがなかろう!」



 真冬は叫ぶと、首もとのペンダントに手を伸ばした。しかしとっさにエイリアンの手が、その動きを止める。



「……おっと、危ない。なんだこりゃ。ふむふむ、なるほど、ここを押すと爆発すんのか……っと」

「なにをする! 返せ!」

「返せるわけ、ないだろ。これが爆発したら、死ぬんだぞ」

「そういう目的で装着している! 返せ! 爆発させろ! 死ね!」

「はい、はい」


 エイリアンはあっというまに真冬の爆発装置を解除してしまった。

 真冬は、目を見開く。


 ああ、もう、駄目だ。おしまいだ。セイバーが奪われて、訓練した身体能力もかなわなくて。そのうえ、この秘策までバレてしまっては、もう真冬には、なすすべはない。



 エイリアンは、なにか小さなマシンのようなものを取り出した。そこに向かって呼びかける。


『あ、あー。こちら緒方おがた流星りゅうせい。辺境の地の子どもと思われる人間ひとりを保護した。至急、応援頼む』


 そのとたん、宇宙空間が一部ぱっくりと裂けて、そこから宇宙船があらわれた。まっすぐ、こっちに、向かってくる。


「ずるい! 仲間を呼ぶなんて――」

「おねーちゃーん!」



 懐かしい言葉が聞こえた気がして、うそ、と真冬は顔をあげた。

 宇宙船の、コックピット――懐かしい顔が手を振っている。声は、真空スピーカーで届いているようだ。

 懐かしいひと、大好きな、唯一無二の妹、どうして、でもたしかに、真夏が、そこにいる!



 宇宙船はあっというまに崖のふちにたどりついて、橋が渡され、真夏が――以前と変わらず元気な真夏が、真冬に飛びついてきた。



 真冬は真夏をしっかと抱きしめる。

 もう、ぜったいに離すまいと。



「お姉ちゃん。ごめんね。心配したよね。でも、すごい。あたしを助けるために、部隊にまで入ってくれるなんて」

「真夏、ぶじなの? エイリアンたちに、ひどいことばっかり、されたんじゃないの?」

「されてないよ、ぜんぜん。あたしのこの元気なの見れば、わかるでしょ。いまはコスモキッズスクールっていう学校に通ってるんだ。ねえお姉ちゃん、いっしょに通おう」

「……真夏、ちょっと待って、なんの話を」

「あのね、お姉ちゃん、教えてあげる。あたしもびっくりしたんだけど、人間ってのにはまだまだ種類があるんだ。たとえば、男性っていう種類のひとたち。あたしたちとすこし身体のつくりは違うけど、でもおんなじ人間なんだよ……」



 エイリアンは遠い目をして、咲き誇る百合を見つめていた。



「自分たちの勝手で。科学技術を使って、男性をいっさい産まれないようにして。おまけに、次世代に男性の存在そのものさえを隠蔽する。……あいつら、やっぱひどすぎるな」



 エイリアン、いやひとりの人間は、こちらを降りかえった――苦しそうに、切なそうに、それでいて愛おしそうに、ひとりの大人はふたりの子どもたちを見下ろしているのだった。いつだって、……宇宙の理不尽に巻き込まれるばかりの、子どもたちのことを想って。

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真夏を想えば 柳なつき @natsuki0710

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