捕まらないように
手塚 未和
捕まらないように
子供の頃、動くものを捕まえるのが好きだった。
例えばそれはゆらゆらと飛んでいる蝶々だったり、湖の浅瀬にたくさん泳いでいる小さな魚だったり、お祭りの屋台、浮かびながらスイスイと回っているスーパーボールすくいだったり。そして、それらを捕まえる時はいつも緊張した。逃げられないように、静かに静かに近づいて行って、息を殺してタイミングを待つ。今だ。っと思った瞬間に全神経を集中させて標的を捕らえる。見事捕まえられた時の興奮は、何か、大きな事を成し遂げたかのような達成感に満ち溢れていた。
逃げるものを捕らえた。という支配感も愉快で、楽しくて堪らなかった。
私は捕まえることに夢中になっていた。
大人になり、好きな人が出来た。
カフェのバイト先の先輩で、いつも柔軟剤のいい匂いがした。
元々このお店はアルバイトなんて募集してなかったのだが、従業員数人が急に辞めたらしく、そのせいで人手が必要になったみたい。
あの子は失踪、また別のあの子は事故だとか。
でもその偶然の不幸のおかげで私はあの人と出会う事が出来たのだ。
今日も先輩はかっこいい。
最近お店に来ているファンの子達。同じ大学の子かな。馴れ馴れしく先輩に話しかけている。甲高い声で話す彼女達の言葉は、どれも先輩の気を引こうと必死だった。彼女は居ますか。好きな人のタイプは何ですか。とか。
先輩は困ったように、けれど愛想のいい笑顔で丁寧に受け答えをしていた。
優しい先輩。あなたの周りに群がるうるさい蝿は私が捕まえてあげる。ひとり、またひとりと。
あれ、これで何人目だろう。
もうお家に入りきらない。新しいカゴを探さないと。
目の前の彼女はぐったりして動かない。
首を強く締めすぎたかもしれない。
昔に捕まえた、蝶を思い出す。必死に逃げ惑う蝶をしつこく追いかけ回し、弱ったところに容赦なく網を振りかざした。捕まっても尚、パタパタと抵抗する蝶に圧倒的な力の差を見せつける為、羽をつまんで動きを封じた。
私はいつも捕まえた後、羽を強くつまんだ。せっかく捕まえたのに、逃げられては困ると思ったのもあるが、逃げられない状態の蝶をみた時の支配感が堪らなかったからである。
しかし、長い間つまんでいると、蝶の羽は手汗が染みてボロボロになってくる。
その様子を見て、取り返しのつかない事をしてしまったと、急に怖くなり、慌てて指を離すけれど、ピクピクした後にはもう動かなかった。
生きているものの、さっきまで手のひらにあった命が火のついたロウソクの様にゆっくりと小さく溶けていく感覚に、恍然した。
遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。
部屋に横たわる彼女達を探しに来たのだろう。
私は段々近付いてくるその音から、魔の手から、逃げ惑う蝶のように、パタパタと家を飛び出した。
捕まらないように 手塚 未和 @mit0618
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