「はるこま」さん
ろくごー
「はるこま」さん
「ん、『はるこま』さんの新しい投稿だ」
松山省吾は、ツイッターで「はるこま」というアカウントをフォローしている。
フォロワー数は、1万人を超える人気ぶりだ。
高校の朝の通学途中に、楽しみにチェックするのがいつもの習慣になっていた。
【今日は、隣の席の人に笑顔で挨拶してみてください】
毎回、短い言葉でその日のお勧めの行動が投稿される。
何気ない、ちょっとしたものばかりだ。
だが、これらの「背中をやさしく押してくれる」言葉に多くの人が共感を得ていた。
「はるこま」の投稿の返信には、
「仲良くなりたかったクラスメートに勇気を出して話しかけたら、友達になりました!」
「電車で恥ずかしくて席が譲れなかったけど、今日初めて譲れました!」
といった、ちょっとした切っ掛けをもらった人達の感謝の言葉が並ぶ。
「きっと、落ち着いた大人の女性なんだろうな…」
松山は、年頃ということもあり、未だ見ぬ年上の異性への想いを次第に募らせていた。
(それにしても、「隣の席の人」ねぇ)
該当する「その生徒」を校門を通り過ぎながら思い浮かべる。
(とすると「アイツ」にか、うーん… まあいいか)
あまり気乗りしないまま、教室に入る。
「まっ、松山くん、おはよっ!」
挨拶してきたのは「その生徒」からだった。
「おう、おはよう、駒田」
その女子生徒は、少し短すぎるショートカットの髪をかすかに揺らしながら、やや強張った「笑顔」を見せていた。
「やっぱり駒田も読んでたか、『はるこま』さんの今朝のツイット」
「まあねぇ、やっぱりこういうの実践しないとね、たとえアンタにでもね」
「いいけどさ、お前、『笑顔』が硬すぎだって」
先ほどとは違い、今度は自然な「笑顔」と共にいたずらっぽく笑った。
駒田晴美は、1年生ながらバトミントン部のエースとして校内でも有名だ。
気さくで飾り気のない気性と、少し緑がかった翡翠の大きな瞳に、隠れファンも多い。
「今日は先を越されたか。でも、明日は負けないからな」
「ふふふ、返り討ちにしてくれるわ」
隣の席の駒田が、自分と同じように「はるこま」さんをフォローしていることを知ったのは3ヶ月ほど前のことだ。
今日と同じようにツイットの内容を実践していることにたまたま気付いて確認したのだ。
その時はかなり驚いた駒田だったが、今となっては登校直後の話題は「はるこま」一色となった。
「それにしても、会ってみたいなぁ」
「え、誰に?」
「『はるこま』さんに」
駒田は飲んでいたヨーグルトを急にむせこんだ。
「けほっ、けほっ、え、なんでなんで?」
「いや、だって素敵な人っぽいし、きっと美人だろうし、ぐはっ!」
バトミントンで鍛えた右手の「サーブ」が、松山の肩にヒットした。
「ばっかじゃないの、頭をタピオカにぶつけて死ね!」
「力の加減もできんのか、お前は!」
今でこそ何でも言い合える中になった二人だが、高校入学後の最初のクラスで隣の席になった時は、なかなか話すきっかけがないまま日々が過ぎていた。
そんなある日、ツイッターで「はるこま」のツイットがたまたまリツイートされてきた。
【今日は、身近な人に微笑みかけてみましょう】
当時、この言葉が妙に松山の心に引っかかった。
今にして思えば、自分が欲していた「背中を押してくれる」言葉だったのかもしれない。
その日の朝、無言のままではあったが、思い切って駒田に「微笑みかけた」
明らかに動揺した駒田だったが、意外なことに「微笑み返し」てくれた。
それからというものは、「はるこま」のツイートに促されて、徐々に話をするようになっていった。
「ということで、たいへん急で残念だが、明日が今年度の最終登校日になる」
その日のホームルームで、クラス担任から驚愕の連絡だった。
昨今の新型肺炎の影響で、3月いっぱいは臨時休校となり、2月末の明日が最終登校日になる旨が担任から説明された。
教室は静まり返り、あまりにも急な事態に生徒たちは事態が飲み込めずにいた。
「参ったなぁ、バトミントンの春季大会も中止になっちゃったよ」
急に明日で1年生最終登校日となることを知ったその日、部活も一斉休部となり、自然と一斉下校のような状況となっていた。
教室を出た際は、同級生たちと集団下校状態だったが、少し遠くの同じ駅を利用する二人が自然と一緒に歩いていた。
「せっかく練習していたのに残念だな」
「しょうがないけどね。自宅で自主練するしかないかなぁ」
「俺も残念だよ」
「あれ、帰宅部だったよね?」
「そうだけど…」
「てっきり『休みがいっぱいで嬉しい、やりー』だと思った、ふふ」
そういって笑う駒田も、少し淋しげだった。
(休みになると、会えないから残念)とは、とてもじゃないが言えない…
臨時休校明けの4月に、二人は2年生となる。
文理選択で二人共「文系」を選択はしていたが、クラス替えで離れ々れになる可能性がある。
つまり同じクラスの隣の席という状況は、明日で最後になるかもしれない。
帰宅中にお互いにそのことに気付いてしまい、ついに電車では無言のままであった。
「あのさ」
電車から先に降りる駒田からだ。
「明日の『はるこま』さんのツイート、楽しみだね」
「あぁ、そうだな」
駒田の翡翠の瞳が、なぜか強く輝いて見えた。
発車ベルの後、扉が閉まる。
「じゃあ、また明日!」
走り去る電車の中の松山に、いつまでも手を振っていた。
次の日の朝、いつものように登校中に「はるこま」のツイットをチェックした松山だったが、思わず自分の目を疑った。
【今日は、好きな人に告白しましょう】
かなり意外だった。
これまでは比較的何気ない行動を促すものばかりであったのに、この日はかなり個人の心情に踏み込んだ内容だったからだ。
(マジかよ…)
ひとしきり思い悩んだが、ある決断を胸に秘めて教室に向かう。
教室には意外なくらいに落ち着いた駒田の姿があった。
「いやぁ、びっくりしたわねぇ、今朝のツイート」
「…それで、お前はどうすんの?」
「もちろんするよ、告白」
そう言って、ややぎこちないガッツポーズを見せた。
松山は(お前、好きな奴いたんだ)とは、またしても言えない…
高校1年生としては最後のホームルームが終わり、放課後をむかえた。
昨日と同様に一斉下校から、また二人で通学駅に向かっていた。
駒田の告白のことが気になる松山は、会話がまるで弾まない。
告白はもうしたのか?
同じ学校の奴じゃないなら、これから会いに行くのか?
聞きたいことは山のようにあるが、何一つ聞けずにいた。
橋の上に差し掛かると、春霞の夕日を受けた川面に広がっていた。
よしっ
「松山、私、あなたのことが好き」
意を決した松山だったが、告白してきたのは駒田の方だった。
「え、あの、俺も!」
「へへへ、また返り討ちにしてやったよ」
緊張した面持ちから一転して笑顔となった駒田は、翡翠の大きな瞳がまた輝いていた。
「駒田が俺のこと好きだなんて、ぜんぜん思ってなかった」
「それはこっちセリフだよ。最初の頃、勇気を出して挨拶してもそっけなかったし」
「あれは、その、恥ずかしくて…」
「でも、良かったよ、思い切って『ツイート』して」
「ツイ、、、『して』?」
「うん、だって私が『はるこま』だもん。駒田晴美で『はるこま』」
松山は、両想いになった喜びも吹き飛びそうになる。
「元々ね、自分を奮い立たせるための『ツイート』だったの。今日は微笑みかけよう、今日は挨拶しよう、ってね」
「そうだったんだ…」
快活で怖いもの知らずに見える駒田だったが、意外な一面に驚く。
「毎日投稿してたら、共感してくれる人がものすごく増えたのはびっくりだったけどね」
「俺もツイッターで拡散された『勇気の種』みたいのをもらってた。きっと他の人もそうだと思う」
「嬉しかったの。その種が色んな人の心に拡がって、『思いやり』や『勇気』に成長していったのが」
その種が成長し、今、二人の心を繋いだのだ。
「『また明日』も楽しみにしててね」
夕闇の中、橋桁に猫っぽくもたれ掛かる駒田の姿に魅せられていた。
「ああ、『また明日』な」
ある日曜日の朝、松山は寝ぼけ眼でスマホをいつものように取り出した。
【今日は、好きな人とお出掛けしましょう】
どうやらこれから出かけないといけなくなったようだ。
「はるこま」さん ろくごー @rokugou
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