行き先を知らない乗客

Norider77

第1話 序章

一様に変わりない車内のはずなのに、男は過度な不安を感じらずにはいられないのか注意深く周りを見渡していた。どちらかというと心配症というよりは楽観的な男だ。普段なら座席に沈み込んで、妄想の海へと目を閉じるだろう。しかし、男は今ここにいるのが相応しくないと思っているはずだった。というより、異常だと感じているはずだ。明らかに前後不覚に陥ってる男は前後の座席の乗客に話しかけていた。だが、残念ながら彼らも何が起きているかわからない様子だ。



私は剃り残しの髭を親指で確かめ、爪で摘み出した。10時15分。後40分ほどすれば人間が狂ったロボットのように車内を動き出す。叫び出す者もいるはずだ。しかし、そんなつまらないことはどうでも良い。これからおきることは、いくつもの偶然が重なり合った結果でしかない。避けようがない事実なのだから。スーツの襟を整えるとゆっくりと立ち、バスの前方に向かった。自然と注目が集まっていくのを背中で感じた。


【男】

「どこだここ…」二日酔いのような頭痛のせいで意識が朦朧とした。体を持ち上げて周りを見渡すと見たことのある景色。どうみてもバスだった。市営バスと言うよりは高速バス。中央に出入口はなく、運転手の隣に扉があるタイプだ。しかし、明らかにこの状況はおかしい。なぜならバスの窓は曇りガラスで覆われ、運転席は黒の仕切りで見えなくなっている。これじゃあ今どこかを確認できない。ポケットにあるはずのスマホを確認しようとしたが、そこには黒くて薄い正方形の端末が入っていた。縁が鮮やかに光っている。そして中央には1という文字が。夢にしては明らかに鮮明すぎる。膝をつねると痛みを感じた。これは現実なのだ。


「おはようございます。ここにお越しいただいたのはある臨床実験のためです。混乱されている方もいるようなので手短に話させていただきます。私は山下といいます。埼玉にある理化学研究所人類思考部のものです。今回、集まっていただいたのもその実験の一環です。これからこの実験が何のためのものなのかを話し合っていただきます。実験自体の目的、つまりはやるべきことを明白に示した瞬間、この実験は終了します。」

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