星の海の種蒔き人

Clifford榊

第1話

 今でもあの日のことを時々思い出す。

 この船に乗り込んだあの日のことを。


 旅の始まりは、今や遠い記憶の彼方。

 それから私は長い間多くの人々と出会いと別れを繰り返し歩んできた。


 始まりは大陸の北西の海沿いの地域だった。

 生まれて時が経ち、私は幾人かの同族を得て平和な時期を過ごした。

 それから程なく、新たな大地を目指す植民の時代が始まる。

 私は一人植民船に乗り込み、新天地を目指す旅に出た。


 航海はいくつかの困難に遭遇し、何度も失敗と死の予感を感じさせたがそれでも新天地に足跡を記すことができた、

 そして植民地での長い生活が始まった。

 植民者たちはその地の土着の民族との対立や植民者たちのグループ同士の対立を経て、新たな国を作った。

 そこでもまた私は多くの同族を得た。


 その後、世界規模の幾度かの戦争を経て人々は最初の大繁栄の時代を迎える。

 しかしその時代も必ずしも平穏なものではなかった。

 平和と停滞は紙一重であり、時と共に人々に不満が募っていく。

 いく度もの対立が繰り返された。

 そんな時代、爆発的に増えた人口を母星が支えきれなくなるのが明らかになってくる。


 新たな旅立ちの時が来た。

 星系内の惑星を居住可能に改造する様々な惑星環境改造技術が提案され実行に移され、星系内植民の時代が訪れた。


 私は再び一人で船に乗り、新天地を目指す。

 新たな植民地は巨大なドームと地下施設を併用した物となった。

 最初のうちはその建設作業も生活の一部だったが、それが終わった頃には母星と同様の環境が作られ、ドームの外も生活の場となっていった。

 そこでもまた私は多くの同族を得た。

 対立はここでも繰り返されたが、人々はそれを乗り越え再び繁栄の時代を迎えた。



 母星の環境が星系外から飛来した小惑星によって激変し人類の住める星でなくなってから、星系内の植民惑星では人類の存続のために銀河中に播種船はしゅせんを送り出す計画が建てられた。


 播種船はしゅせんは当時のテクノロジーの粋を尽くして様々な方式のものが作り出された。

 世代交代式、低温睡眠式、凍結受精卵と人口子宮に自動教育システムを搭載した物もあった。


 いずれも技術的制約により光速に対して遥かに遅いものばかりで、目的地への到達には百年以上かかるとされたが、それに乗り込む者たちの瞳は希望と使命感に輝いていた。



 母なる星を離れ、星々の海を進み新天地へ向かう旅が始まった。

 私が乗り込んだ世代交代型恒星間移民船は巨大な船だ。

 それは直径数キロメートル、全長は数十キロメートルの巨大なシリンダーを二本並べた構造をして、その中で約6万人が常に暮らしている。

 環境の維持のためにいくらかの制限はあったものの、そこでもまた私は多くの同族を得た。

 遥かな星の海の旅は長い時間を必要とする。

 旅路の半ばとはいえ、もはや船尾方向へ観測機器を向けても地球の姿を見ることはできない。



 思えば遠くへ来たものだ。

 その果てがこの星の海とは、昔の私は考えもしなかった。

 あの頃の私に教えてやったら、どんな顔をしただろうか。


 私はこれからも人間たちとともに旅を続け、絶えず同族を得るだろう。

 人間が絶えず生活圏を広げ、主としてその種を蒔き続けるように。


 永劫の時を生きる吸血鬼というのは、そうしたものなのだから。

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