飛ばしモノ

黒幕横丁

飛ばしモノ

 飛ばしモノというそれはそれは恐ろしいモノがおったそうな。

 ソレはちっちゃくて、たくさんおってな、飛ぶとたちまちに根を付ける。

 根を付けられたら一大事。ワシらの体まで蝕まれちまうだろうよ?

 この間なんて、近所の半兵衛さんところのじいさまがソイツに食われて、夜な夜な出歩いてたっていうじゃねぇか。

 遠い国の殿様も飛ばしモノに操られて、宴の席で裸踊りしたからさぁてぇへん。

 飛ばしモノはいろいろなところで悪さをしやがる。

 だったら、そんな危険なものに誰も手を出さないってぇ? それはとんだ間違いってモンよ。

 ソイツはなぁ、あまいあまーいものの中に潜んでおってな、ワシらがソイツを喰らって体の中で根付かせてもらうっていうのを待っているんだよ。

 不意に飲み込むと、そのうちワー!っと


「ギャー!」

 男の大声に、子どもたちは目ん玉が飛び出るほど驚いて、ついには泣いてしまいます。

「おっと、驚かせすぎた」

 男はワンワンと割れんばかりに泣き叫ぶ子どもたちにタジタジ。

「おっとぉ! また、トキたちを泣かして!」

 コツン。

「アイテ!」

 後ろから、コツンと木のお玉で男は殴られました。

「タキ、ほんの冗談だったんだって。そしたらあまりにも熱がこもっちまってな」

 男はもじもじと少女に向かって弁明します。

「ほらぁ、こんなおっとぉーなんて放っておいて、スイカ食べちゃいな」

 泣いている子どもたちの目の前には大きく切られたスイカが置かれていた。

 子たちの父親はこのスイカの種を飛ばしモノとして面白おかしく話し始めたって訳だ。

「でも、この種飲んだら、飛ばしモノに食われちまうんだろ?」

「だろ?」

 父親の話を真に受けたらしく、姉に真意を問いただす子どもたち。

「そんなの迷信に決まっているよ。心配なら勢いよく外に種を飛ばすといいよ」

 姉にそう言われた子どもたちは、口いっぱいにスイカを頬張って、外に向かって、


 スポポポポポポポ。


 と飛ばし始めます。黒い種はあちこちに拡散して、地面はところどころに黒い点々が浮かんでいました。

「みんなの飛ばした種のどれかはいつか芽が出て、またスイカになるんだねぇ」

「スイカ!」

「スイカいっぱい!」

 子どもたちは大はしゃぎで外へどんどんとスイカの種を拡散していきます。

「これで一件落着ってわけだ」

 そんな怖い話をしたことを棚に上げて、父親もスイカを齧って飛ばそうとしますが、急にむせて、うっと種を飲み込んでしまいました。

「た、種を飲み込んだっ! もうダメかもー」

 父親は冗談で倒れてみたのです。

「おっ、おっとぉーが飛ばしモノに操られちゃう!」

「大変だー!」

 子どもたちは慌てますが、姉のタキだけは冷静に、

「じゃあ、飛ばしモノがおっとぉから出て行ってもらうように、これからお医者様のところへ行って朝顔の種を貰ってこようかねぇ」

 朝顔の種といえば下剤の効能があり、これを少しでも飲んだだけでも強烈な腹下しになるのです。それをきいた父親は大層驚いて、

「大丈夫! たったいま、父ちゃんのおなかの中にいた飛ばしモノは退治できたぞ!」

 と急いで子どもたちに元気な姿を見せ付けると、子どもたちは笑顔を取り戻し、父親に飛び込んでいくのでした。

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