垂直離着陸に夢を託して
時は一九四〇年代中盤。古来より数多の大国が生まれては消えた欧州に、今度はアドルフ・ヒトラー率いるナチス第三帝国が生えていた。
彼の率いるこの超大国は、一九三九年勃発の第二次世界大戦を皮切りにあっという間に周辺諸国を侵略。前大戦で打倒が叶わなかったフランスすらも手中に収めており、欧州に残るまともな抵抗勢力といえばイギリス程度。
が、ナチス第三帝国はイギリスへの攻撃に失敗。それを皮切りに、運命の歯車が狂い始めたのだ。
古来より禁忌とされてきた、二正面作戦。それを彼らは“バルバロッサ作戦”という形で引き起こしてしまった挙句、アメリカ合衆国に宣戦を布告。
この結果東西から挟まれる形で攻撃を受けることとなり、消耗、消耗、消耗。更にはノルマンディーへの上陸を許してしまい、西からは資本主義の押し売りを図る自由と貧困にあえぐ星条旗の国と、世界帝国の紅茶なお国が、東からは自家菜園栽培の兵士を産地直送即戦線投入、人海戦術の荒波を各地で巻き起こす共産主義者が迫真の勢いで迫っていたのだ。
その圧倒的数的・質的不利を前にしては、さすがのナチス第三帝国でも守るべきだったかもしれない土地も、守るべきじゃなかったかもしれない土地も全てなりふり構わず見捨てて、各地で敗退に転進を繰り返す。
制空権は敵の手に渡り、憎き地上攻撃機は次々と戦闘機に爆撃機、輸送機に偵察機を地上撃破し、数多の滑走路を破壊。
ビスマルク級戦艦唯一の生き残り、ティルピッツはその骸をフィヨルドに残し、海軍の惨状を静かに物語る。
空を覆わんばかりの爆撃機は、腹に抱える五百ポンドの火の玉を市街地から工業地帯まで、ありとあらゆる地域へと無差別に投下。人の営みが存在した場所も、人類の叡智たる科学の結晶も、全て火の海に包まれる。
誰も口にはしないが、心中では分かっていた。
——この戦争は負ける、と。
だが、ナチスドイツ第三帝国は諦めない。それが例え無駄な悪足掻きでも……塵も積もればなんとやら。祖国を守る盾と矛。その両者を、前者は時間稼ぎとして。後者は来たるべき反撃の時、憎き
今回は、そんな絶望的状況下に置かれたドイツの
それが、『Heinkel Lerche』及び『Heinkel Wespe』。姿形が酷似している、ということでこの2種を同時並行で紹介する。
この機体達は、他の航空機にはまずない特徴……つまり、『コレオプター式』の機体形状を持つ。何がなんだかわからないと思うので説明すると、コレオプター式とはつまり、胴体中央部にプロペラエンジンを配置、その周囲をカバー(タグテッドファン)兼主翼で覆う、言わば 機体全体が円柱状の機体形状である。この一見奇想天外に見える機体形状は、その実非常に合理的。カバーそのものが生み出す揚力はバカにはならず、実際、スティパ・カンピニという機体はあまりの揚力・安定性ゆえ、機体の方向転換すらままならないという状態であった。つまるところ、これならば安定性も揚力も並大抵以上得られるし、正面投影面積が少ないため、敵の弾に当たりにくい、ということになる。
だが、この機体達の真価はそこではない。制空権を失い、滑走路がまともに使用できないという状況が生み出した一つの解決策。それが、垂直離着陸。その能力をこの機体達は有していた。
事実、両者共通の特徴として本来尾翼がある部分に着陸機構が備わっている。この機体は機首を上に向け、上昇・降下を行うという強引な方法で垂直離着陸能力を実現していたのだ。
この能力は末期ナチスドイツ第三帝国にとって、まさにマストな機能であったと言える。飛行場という設営に莫大な労力と時間を必要として、大きな的足り得るものに依存することなく運用できるという点は、例えば奇襲であったり、市街地に直接配置しておくことで、爆撃を即座に防げたりと、色々使い道があったわけだ。
もっとも、盾に必要なのは利便性だけではない。即座に敵と同じ、ないしそれ以上の高度に辿り着ける上昇力が必要だ。どれだけ便利でも、敵が倒せなければ意味がないのは周知の事実である。
しかし、その点に関しては心配ご無用。上昇能力は毎秒五十メートル。この数値は当時世間一般で使用されていたプロペラ機としてみればトップレベルであり、なんならちょっとしたジェット機並みである。加えて、『Heinkel Lerche』に関しては最高時速が八百キロを予定としていた。この数値はとんでもない値で、当時のプロペラ機でせいぜい出て七百キロ台、現代のレース用にチューニングが施された航空機で、やっと八百キロ台だ。もはやオーバーテクノロジー。やはりナチスドイツ第三帝国は、宇宙に向かえるだけの技術力を有して……は、いないか。
だがしかし、ナチスドイツ第三帝国の暴走は止まる所を知らない。計画では、世界初とも言える有線式の対空ミサイル『ルールシュタール X-4』を搭載可能としていたのだ。有線式ということで、早い話がラジコンのようなものではあるが……撃ち合い中心であった当時の戦い方を考えると、革新的であったと言える。
だが悲しいことに、こんな
まず一つ目に、機体を垂直に向けて垂直離着陸を行う方式である。
この方式、実は戦中のみならず戦後もいろいろと試されていたが、兵器としてはことごとく失敗している。何せ、アナログ機器しか存在しない時期だったのだ。コンピューターの補助なんてものは存在せず、完全にパイロットの技量が全てのこの方式はリスクが大きすぎたのだ。パイロット喪失の影響は、飛行機の損失そのものよりもはるかに大きい。兵器は量産できても、パイロットはそう簡単にポンポンと量産できないからである。
次に、時期。この機体は前述の通り、国を守る盾として開発が進められた。しかし、開始時期が遅すぎたのだ。製作に伴う技術的問題と戦局の悪化に伴い、『Heinkel Lerche』の開発は一九四五年三月に中止。『Heinkel Wespe』は開発が引き続き継続されたと言われているが、一九四五年の四月。設計が完了した時点で終戦を迎えた。
こうして両者は、国を守る盾としての役割を果たすことなく命を終えた。現在の我々からしてみれば奇想天外な設計思想で、技術的にも実現ができたか怪しい。だが、そこには設計士や軍部による、悪化の一途を辿る戦況を打開する切り札としての期待があったことを忘れないでほしい。
えるでぃあんの雑用品置き場 えるでぃあん @ELDIAN
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