ユメミノタネ

円間

拡散する種

「ねぇ、夢を見たよ」

 少年は寝間着のまま、眩しそうに目を細めて、部屋の窓を開けている母親に言った。

「どんな夢を見たの?」

 母親が抱きついている少年の頭を撫でながら優しく訊ねる。

「青い蝶になる夢だよ。青い蝶になって、僕は自由にどこへでも飛んでゆくんだ。凄く良い夢だったよ」




 青い満月の夜。

 門番を務める男があくびを噛み殺していると、「咲貴さきき様のお屋敷はこちらで?」

 くたびれた旅装束に身を包んだ痩身の青年が現れ、門番に訊ねた。

「ええ、さようで。して、あなた様は?」

 怪しそうに青年を見ながら門番が問う。

 青年は懐から皺くちゃの紙を取り出して門番に見せながら「僕は、霧尾きりびと言います。招待状を頂きまして参ったんですが」

 紙には『招待状。霧尾様へ。時は青い満月の晩、場所は当家。年に一度の仙術使いの集いの宴に霧尾様をご招待致します。どうかご参加ください。咲貴灯葉さききとうようより』と書かれてあった。

「ああ、招待状をお持ちでしたか。どうぞ中へ。宴は屋敷の中に入って直ぐの廊下を行った突き当りの座敷で行われています。宴はもう始まっておりますから、お急ぎください」

 そう言うと、門番は重たい門を開けた。

「ありがとうございます。いやぁ、僕みたいな新参者の仙術使いが、咲貴様の宴にご招待頂けるなんて、思いもよりませんでした」

 霧尾は満月に照らされた広い屋敷を眺める。

 月明かりに照らされて、黒い瓦屋根がキラリと光って見える。

 咲貴家は、全国に散る仙術使いを束ねる一族であった。

 今宵は、その咲貴家の宴の日。

「どうぞ、宴をお楽しみ下さいませ」

 深々とお辞儀をする門番に見送られ、霧尾は屋敷の中へ入って行った。


 霧尾が宴の場まで行くと、宴もたけなわというところだった。

 広い座敷に、何十人という仙術使いがいて、飲めや歌えと大騒ぎをしている。

「おお、霧尾じゃないか。今年はお前も呼ばれたのか」

 そう霧尾に声を掛けたのは、霧尾の仲間の仙術使いの西さいという背の高い男だった。

「ああ、久しぶりだな西」

 霧尾と西は固く握手を交わす。

「霧尾、丁度良かった。これから祭事が始まるところだ」

「噂に聞く、咲貴家の祭事か。僕はそれが楽しみでここに来たんだ」

 霧尾の目じりに皺が寄る。

「はら、あそこを見ろよ」

 西が指をさす方へ霧尾が視線を向けると、座敷の真ん中に髪の長い若い女の姿が見えた。

 女は、座敷に引かれた布団の中に入り、すやすやと良く眠っている。

「彼女が、咲貴家の当主、灯葉だよ」

 西が霧尾の耳元で囁やいた。

「ほう、まだ若いのに当主様かい。大したもんだね」

 霧尾が感心していると、座敷に太鼓の音が一つ鳴り響いた。

 それを合図に、仙術使い達が灯葉を中心に輪になって集まる。

 霧尾と西もその輪の中に加わった。

 仙術使い達は、先ほどの騒ぎと打って変わって静かになった。

 輪の中心では、相変わらず灯葉が眠っている。

 太鼓の音が、一つ鳴る。

 すると、眠っている灯葉の口が開いた。

 灯葉の口から光が漏れる。

 灯葉の口の中からわずかに輝きを帯びた小さな物が沢山溢れ出て来る。

 それが、部屋の中をふわふわと漂う。

「あれは何だ?」

 口をあんぐりと開けて霧尾が聞くと、「あれは夢見の種だ。あれは、仙術使いにしか見えんのだ」と、西が答えた。

 霧尾の目の前に、夢見の種がふわりと飛んできた。

 それは、霧尾の目の前を、ダンスを踊る様に舞った後、霧尾の肩に落ちた。

 霧尾は、それを指で摘まんで、手のひらに乗せ、よく見て見る。

 夢見の種は、タンポポの綿毛の様だった。

「そいつは、万能の仙薬作りに使えるんだ。霧尾、集めるぞ」

 西が夢見の種を集めながら言う。

 霧尾が辺りを見ると、他の仙術使い達も夢見の種を集めている。

「万能の仙薬ねぇ。うさん臭いぜ」

 そう言うものの、霧尾は夢見の種を集め始めた。

 しばらくののち。

「そろそろ開けるぞ」

 誰かの一声と共に座敷の戸が開け放たれる。

 外から入った風が夢見の種をさらい、外へと運んでゆく。

「あれはどうなるんだ?」

 霧尾が聞くと、灯葉は「あれは、風に乗って拡散して、そして、人々の口の中に入り、根を生やすんだ。で、やがて花を咲かせて宿主に良い夢を見させる」と、自慢げに答えた。

「なるほど、それで、夢見の種ってわけか。なぁ、宿主の人間は大丈夫なのか? あんな奇妙な種を体に宿して」

「ああ、何んも問題ないらしい。けど、噂じゃ、咲貴家の当主が夢見の種から見た夢を喰らって生きてるって話だが、本当のところはどうだかな」

「ふぅーん」


 二人は、満月に向かって飛ぶ夢見の種を見ながら、ちびりと酒を飲む。

 霧尾の杯に、夢見の種が一つ、浮かんでいる。

 霧尾は、それを酒ごと、グイッと飲み干した。


 宴は夜通し続いた。

 途中、眠りこけてしまった霧尾の口元はにやけていた。




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ユメミノタネ 円間 @tomoko4649

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